Renovation Interview 2008.9.30
美術と建築を横断し、社会を知る──金沢におけるCAAKの試み
[座談会]吉村寿博×鷲田めるろ×林野紀子 進行:新堀学+倉方俊輔
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CAAK誕生──2007年の「いきいきプロジェクトin金沢」以降
倉方 CAAKが正式にスタートしたのはいつですか?
林野 2007年の11月末です。
倉方 CAAKの成り立ちとして、2007年4月〜9月に行なわれたアトリエ・ワンによる「いきいきプロジェクトin金沢」があると思いますが、どういうところが面白くて新しいと思いましたか? また、期待したことと、結果としてなにが残ったとお考えですか?
鷲田 それまではヤノベケンジさんや奈良美智さんとプロジェクト型の展覧会をやってきましたが、いきいきプロジェクトでは、美術館の建物を会場とするよりは、美術館は基地であって、そこからまちでアクションを起して、その結果、さまざまなリアクションが起こることを期待していました。それでアトリエ・ワンを呼んで、町家のガイドマップをつくったのですが、そのことによって見えてきたことが非常におもしろかった。金沢のまちでいままで町家と言われていたものは、保存対象になるような非常に伝統的な意匠を残しているものだけでしたが、アトリエ・ワンは、かつて町家であったことが現在まで影響を及ぼしている部分を、目に見えるかたちで示しました。例えば、意匠的になにも残っていなくても、町家の敷地のかたちがいまの建物のかたちを規定しているというように。それが示されたことで、金沢のまちだけではなく、これからの都市がどうあるべきかというアトリエ・ワンのヴィジョンが示されたのがすごく面白かったです。
いきいきプロジェクトは町家を外から見たわけですが、今年の10月から始まる「金沢アートプラットホーム2008」では、町家のひとつを使って改修というアクションを起してみたらどうなるかを試しています。
林野 CAAKはなにかマニフェストがあって、大がかりに始まったというよりも、「いきいきプロジェクト」で培われた人間関係とか、「いきいき荘」という拠点やそこで開かれた「いきいきパーティ」のノウハウ、それらを引き継いでなんとなく始まったというのが、一番正確なところですね。
いきいき荘というのは、美術館の裏にある古い民家のことです。アトリエ・ワンはプロジェクト型だったので、手伝いにきている学生さんやボランティアの方々が泊まる場所が必要で、彼らのレジデンスだったんです。
学生さんが主体のプロジェクトで非常に人数が多かったので、ご飯をどうしようかということになって、自炊を始めたんですね。それから、アトリエ・ワンのお二人は毎週海外に教えに行っていたので、そこで見てきたものについてレクチャーしてもらうことも始まりました。まずレクチャーをしてもらって、みんなでご飯を食べて、というひとつの形式ができたんです。それが、いきいきパーティーです。
いきいき荘でのパーティー
新堀 いきいき荘として借りていたのはどのくらいの期間ですか?
林野 プロジェクトのあいだ、2007年の4月から9月までがアトリエ・ワンで借りていて、そのあと10月から翌年の3月までをCAAKが借りていました。その後、CAAKはいまの寺町の町家へうつりました。
鷲田 私のなかではいきいきプロジェクトと今回のプラットホーム展のあいだの1年間を、うまくCAAKがつないでいると思っています。そのあいだに寺町の町家を借りたこともあって、町家研究会とのコネクションも強くなったし、この町家を直すときにもいろいろなアドヴァイスをいただいたり、今回のプラットホーム展で実際に町家を改修するうえで、メンバーの方に職人さんを紹介してもらったり、技術的にここはこうしたほうがいいとか、調査のやり方からすべてアドヴァイスをしてもらって協力してもらっているというような関係ですね。»
いきいき荘
外観

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