Renovation Interview 2008.3.25
建物の保存/運動の保存──保存運動のサステイナビリティをめざして
[座談会]多児貞子+岩本毅幸 聞き手:新堀学+倉方俊輔
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保存運動の保存、その持続可能性
倉方 最後に、これからこの活動をどう継続していくのか。つまり、これからこの活動自体をどう保存していくかということについてご意見をお聞かせください。
多児 維持管理を受託しているのは「たてもの応援団」ですけれど、ボランティアの方が楽しくここに関わることができれば、輪も広がっていくし、継続性も出てくると思っています。
ボランティア登録されている方は働き盛りの方が大半ですので、こちらに来ていただく負担が少し大きくなっているようです。ですから、もう少しボランティアの方の人数を増やしていきたい。そのこともあって、今年からは交通費を全額お支払いするようにしました。また、6時間、ボランティアをすると600円を昼食代補助として出すとか、参加しやすいシステムに変えています。それから、魅力的なグッズを開発して「ものを売る」ことも考えています。そうすることで、少しでもボランティアの方に還元できるようにしていきたい。やっぱり努力した分が跳ね返ってくるようにしたいですからね。
岩本 私は、安田邸だけではなく、地域の歴史的環境が基点になって社会ができていくようなイメージを持っているので、そういうかたちでの関わり方を考えていきたい。
「たてもの応援団」はNPO法人になりましたが、そういう型がないことの面白さはたしかにありました。けれども、こうやって建物の管理を引き受けるということになったときには、やはりNPOという型がないとやりにくい。ナショナルトラストも、「たてもの応援団」に依頼したいけれどもNPOでないためにできなかったのです。
倉方 安田邸のいまの使い方は、たんに昔のものだから大事だ、建物が大事だということではなく、訪れる人たちへこのしつらいをひとつの文化として提供できていていますよね。それができるのは、『谷根千』の話でも話題となったある種の柔軟なバランスがあるからだと思います。しかし、それはそうしたバランスがある人がやっているから上手く機能しているとも言えます。
昔の暮らしを知っている、あるいは安田さんを知っている方が持っている「気楽さのバランス」というものがあるとすれば、どうすればそれを次の世代の人に受け継いでいくことができると思いますか。
多児 安田さんの思いというものは重く受け止めているのですけれど、それをあまり押しつけるようではいけないですから、とても難しいですよね。こうした和風の建物を使ったことがない方が多くなっていますから、それはイヴェントなどを通じて学習していただくしかないのかなあと思います。じつは修理する前は結構気楽に使っていました。いまは壁を傷つけてはいけないということで、荷物を預かったりしていますけれども、気楽に使えるということもひとつの価値ですよね。それはもちろん作法をわきまえたうえでの気楽さですが。どういうふうに継承していくかという問題は、日々の生活のなかで答えを出していくしかないという気がします。
岩本 私は安田幸子さんに直接お会いできたことが財産だと思っている人間ですが、若い人たちにつなげるのは、その人たちに来てもらえれば、自然と伝わっていくだろうという思いしかありません。大事にしている人がそばにいると、若い人たちもわかるはずですからね。さらに、ボランティアとして参加して楽しいものにすれば、うまくつながっていくと思います。また、それがこれからの市民社会のベースになっていくのではないかとも感じます。そういう意味でも、小中学校とも連携して、こうした建物を環境教育の場として利用してもらいたいですね。
多児 それから私は、文化財というものがいまひとつ愛されていないのではないかと思っています。例えば保存に関して、その建物の釘一本変えないという考え方が、皆さんの頭の中にこびりついているのではないでしょうか。ここでは、もちろん基本的には当初の姿を残しますが、残したうえでそれを活かして使っていこうとしています。現役として生きている安田邸を見てもらいたいのです。ですから、例えば洗剤やスポンジなんかも隠してしまうのではなく、まだこの台所は生きているのですよということで見えるところに置きたい。茶の間でも、冬になれば火鉢を置く、夏になれば御簾を掛けることで、四季折々にしつらいを変えながら、この建物の美しさを最大限に見せるかたちで「使っていきたい」と思っています。»
2008年3月4日、安田邸にて
台所
多児貞子 Sadako TANI
財団法人日本ナショナルトラストを経て、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」「たてもの応援団」などの活動をとおして、 1980年 代後半より多くの建造物保存活動に携わる。

岩本毅幸 Takayuki IWAMOTO
1955年生。建築家。

新堀学 Manabu SHINBORI
1964年生。建築家。新堀アトリエ一級建築士事務所主宰。作品=《北鎌倉明月院桂橋》《笹岡の家》《小金井の家》《天真館東京本部道場》。著書=『リノベーションスタディーズ』。共著=『リノベーションの現場』。2007年第一回リスボン建築トリエンナーレ日本チーム参加出展。

倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
1971年生。建築史家。著書=『吉阪隆正とル・コルビュジエ』。共著=『伊東忠太を知っていますか』『吉阪隆正の迷宮』『ル・コルビュジエのインド』ほか。

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