プロローグレクチャー
●都市再生は誰がリードしていくか
太田浩史――貴重なお話を興味深く聞かせていただきました。なかでも特に印象に残りましたのは、コンバージョンが都市再生において大きな意味を持っているということです。
先ほどサウスブロンクスの例で、若者に内装工事の職業訓練をして、その人たちの力で建物を再生させるというお話がありましたが、ひとつの建物のコンバージョンを契機として、周囲のネイバーフッド(地区、近隣)の再生も図られています。コンバージョンが社会的に位置づけられていて、その効果を発揮できる仕組みがあるということを教えて頂きました。
私はアメリカの事例はあまり詳しくないのですが、ヨーロッパのコンバージョンの事例をいくつか見ています。例えばロンドンですと、タワーブリッジのたもとにバトラーズ・ワーフという地区があります。ここは元々倉庫街で、ペッパーにシナモン、カルダモンにティーなど、陸揚げした物資の名前が今でも大きく書かれているのですが、もともと倉庫だった建物がコンバージョンされて高級住宅になっています。ディベロッパーが倉庫1つ1つを買い上げるのですが、開発マスタープランをつくる民間の会社があり、まとまったエリアで、統一された手法で再生が行なわれています。使われていない倉庫でしたから住環境には向いていないと考えられていたのですが、地区センターをつくり、公共空間を整備して、今ではテムズ南岸の再生をリードするまでになっています。
それから最近私が行きました事例ですと、スウェーデンにヨーテボリという港湾都市があります。ここには巨大な造船地区があったのですが、造船業が廃れてしまったため、街の半分がほとんど捨てられたようになってしまいました。そこで倉庫をイベントホールやホテルに変え、船具の工場をデザインセンターに変え、事務所群は集合住宅へ、ドックはマリーナへと、造船地区を都心居住の場に変えようという方針が出されたのです。その規模はとても大きくて、大学やエリクソン、ボルボなどの地元企業も巻き込んだ都市再生計画となっています。そういう機運の中で、コンバージョンされた建物は物理的な存在感だけではなく、再生の象徴として、地区全体に大きな重みを与えているように思います。
さて、コンバージョンには都市再生に直結する面的な効果があるということを踏まえて、原田さんにお聞きしたいことがひとつあります。港区には芝浦・港南地域と呼ばれている地域があり、ここは用途地域上は工業地域になっているのですが、大規模な高層集合住宅の建設が現在続いております。三井不動産の芝浦アイランドのプロジェクトや都営住宅の再開発計画など巨大なプロジェクトが点在していて、この地域だけでも4万人ほどの人口増加が予想されています。先ほどのニューオーリンズの160ヘクタールの倉庫街や、イェーテボリのプロジェクトに匹敵する大きさなのですが、その住宅開発をいかにネイバーフッドの再生に繋げるのか、行政の戦略が見えにくいようにも思っています。ですので、本日は面的な都市再生のなかで日本の行政はどれくらいイニシアティブをとれるのか、また、その時にコンバージョンはどういう意味を持つのか、ということをお聞きしたいと思います。

▲太田浩史氏

原田―― おっしゃるように港区の芝浦港南地域はマンション開発がすごく進んでいるところです。港区は、戦後の昭和22年に23区が新しくできたときに、港がある街ということで港区という名前がついたので、ウォーターフロントを非常に大事にしなければならないと思っております。港区は平成8年に人口が14万9000人まで下がって、その頃、私は前の区長に頼まれて住宅対策課、人口対策課の委員を仰せつかったのですが、港区では基本計画で20万人を当面の目標にし、今18万人くらいまできましたので、あと2〜3年で20万人の目標が達成できるような動きになっています。
ご指摘のように、港区の人口は芝浦の港南地域で稼がざるをえないので、派手な開発もたくさん進んでいます。区が誘導したわけではないのですが、密集している市街地も多い。港区で大規模な住宅マンションを建てられるのは芝浦港南地域で、あと用途的には工場経営が多く指定されている場所と、倉庫などの低層の地域の低密度の利用地域で、ディベロッパーの方は、港区というブランドでマンション事業がやれるだろうと考え、そういったところを狙って買っています。そして経済合理性のなかで、土地の値段に対してどの程度の事業費をかけて売れば事業者として儲かるのかという採算を考えますから、20〜30階の超高層マンションがずらっとできてくるわけです。

●建蔽率と容積率で決まっていく日本の街並み
原田
――外国で暮らした経験があると、街づくりでも日本との違いがよくわかります。言ってもしょうがないことなのですが、日本では、街を決めているのは建築基準法・都市計画法です。つまり単純な言い方をしてしまうと、建蔽率と容積率だけなんです。日本では絶対的な高さ制限を導入しているところはないわけです。ですから港区の芝浦港南地域でディベロッパーが何をするかは建坪率と容積率だけで決まっていくので、行政として高さを制限することはやっていないし、やれないわけです。欧米の場合は、そういうときにかなりの強権発動ができるんです。それと住む方の意識の差があり、街は財産であるという意識が欧米人にはありますから、できるだけ街をきれいにして財産価値を高めようとします。高さをそろえたり、色をそろえたりするわけです。それで財産価値が高まれば、役所も固定資産税というかたちで税収が増えるわけです。
ところが、日本では残念ながら、建築基準法の容積率と建蔽率さえ守れば、港区でもどこでもあとは問題ありませんということになります。国の仕組みがそうなっているので、ある一定の面積の敷地が手に入ると、例えば容積率60パーセントなら、そこそこ建築面積を少なくすれば20〜30階はすぐいってしまいます。あと総合設計を使えば1割増近い容積でさらに高いものが建ってしまうというのが実態です。
ウォーターフロントについて言いますと、芝浦と港南は、基本的には倉庫街で、港湾地域は東京都が指定しているのですが、そういう指定をしたからといって倉庫を保存してコンバージョンするというようには今の法律には書いてありませんから、区や東京都は、そういうことに一切口を出せません。ですから結果的に、ディベロッパーが倉庫を買うと建蔽率と容積率にのっとって倉庫を潰して、総合設計の論理に従えば、あと10パーセントのボーナスを上乗せできますとかそれだけの話になってしまうわけです。そうすると、その建物は守る価値があるのかどうかは別にして、倉庫は壊されて超高層のマンションが建つのが現実です。
先ほどのお話にあったように、面的にやるルールができるといいのですが、そういう絵を思い描くことはできても、行政の仕組みとしてそれを実現していくことはできないわけです。日本では、それをやると越権行為になってしまいます。その一方で、港湾地区に指定されると、港湾業務を維持するための地域ということなりますから、今度は港湾業者とディベロッパーや入ってくる住民とのトラブルが起こる可能性が出てくるわけで、その辺の紛争処理が問題になってきます。今のところ、そういう問題は起きていませんが、これからは、隣りに倉庫があってトラックが出入りしたり騒音があると紛争が起きる可能性はあります。ただし、これも今の規制法ではまったく規制ができません。あくまでもお願いするとか、両者の言い分を聞くだけで、区としてはそれ以上の介入はできないという問題があります。そういう意味では、芝浦港南地域は、今の日本の建築基準法・都市計画法、それから港湾法、あるいは他の法律による規制など、法律の矛盾がすべて出てしまっている場所だと思います。

●空間の意外な活用法と近隣の活性化
太田――議会の質問みたいになって申し訳ないですが、もうひとつ質問させていただきます。コンバージョンには、空間の魅力がとても重要だと思います。僕が芝浦を歩いていくつか面白いと思ったのは、写真スタジオや録音スタジオが結構あることで、これは元々倉庫だった空間を活かしたものです。住宅以外のコンバージョンの例で、例えばギャラリーのように、空間を活用した事例がありましたら教えていただければと思います。

原田――今から12〜13年前、芝浦ではディスコのジュリアナがとても流行っていました。あれは芝浦の倉庫をディスコにコンバージョンしたというか、内装をちょっといじっただけですが。今から思うとあれは何だったのかという感じですが、連日のように1000人単位の若い人が集まって、舞台の上で若い女性たちが大フィーバーしていました。田町の駅から歩いて10分ぐらいのところで、外から見るとこぎれいでしたし、なかなか面白いと思うようなところだったわけです。それがどういういきさつだったか、途中で閉鎖されてしまいました。残念と言っていいのかどうなのか、いずれにしましても、倉庫街に若い人たちのエネルギーが集まるのは面白いことですし、そこでひとつの街の活性化がなされたという意味で面白かったと思います。あとは、ご指摘のように町全体で面白くなるとよいのですが、非常に単発的で、どこに行くといろいろ集まっていますよということが申し上げられないのが残念です。
もうひとつの例として、浜松町のウォーターフロントの一角に、劇団四季が劇場を3つ持っています。春劇場、秋劇場、自由劇場で、これはコンバートしたわけではなくて独自につくったわけですが、いってみれば倉庫街のなかにひとつの花として劇場文化があるわけで、私も区長時代に劇団四季の公演を時々見に行っておりました。浜松町から竹芝まで抜ける大門通りは20年前に区が整備しましたが、劇場のほうへ抜ける横道は何もないんです。別に区が整備する理由は何もなくても、倉庫街に花を持たせて劇場文化を育てるということで、何か劇団四季と相談してやったらどうかという思いはあったのですが、残念ながら今は退任してしまったので実現はしませんでした。ただ、あまり華やかな雰囲気にするよりも、あの程度のうらびれた雰囲気の倉庫街に有名な劇場があるほうがかえって引立つのかなという思いも一方にはあります。そういう例はありますが、もうちょっと集中していると、都市計画的には近隣の活性化につながっていくのかなと思います。
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