プロローグレクチャー
●再生事業のつくり方
田村誠邦――難波先生、松村先生をはじめ、私も建築出身なんですが、本日のゲストの姜さんのお話を聞きまして、建物の再生に同じように携わっていても、だいぶスタンスが違うというか、建築側からは絶対に越えられなかったことを姜さんの場合は楽々と軽やかに飛び越えているような気がしました。というのは、松村秀一先生を座長に3年間コンバージョンの研究会をやりまして、コンバージョンは面白いけどなかなか実現しないと繰り返し言ってきました。何が大変なのかと言うと、まずはお金の問題で、ビルのオーナーが資金調達ができるのかという問題が出てくるだけでなく、既存のものの権利をどうするかとか、テナントをどうするかとか、いろいろなことがあってなかなか動きません。これをなんとかする方法はないだろうかというところで研究会は終わってしまいました。姜さんの場合は、それとは違う発想で、先にファンドがあるわけですから、お金はある。その後に投資対象として、こういう再生ができるものを探す、というあたりが新鮮な気がしました。こういう既存ビルを手がけて再生させるのは、新築と比べた場合どうなのか、まずおうかがいしたいのですが。

姜裕文――新築と再生の違いが何なのかと言うと、再生のメリットはキャッシュ・フローがもれないということで、竣工して入居者が入って家賃が入ってくるまでの期間が短いということにつきます。再生で建築費が安いというのはわれわれから見てメリットではなく、どちらかというと、われわれはお金はあるので使わなければならない。自分の金ではなくて投資家の金というところがつらいんですが、お金はむしろ絶対に使わなければならないんです。2点目は、更地があれば新築は誰でもできますが、再生となると、建物のハードを判断していく力とか、事前にどれくらいの建築コストがかかるのかをざっくり把握する力が必要になってきます。言い換えると、これは普通の証券会社出身のファンドの人たちにはできないし、建築のバックグラウンドがあるスキームが会社の中にないとできない。新築であればディベロッパーに発注すればできますが、再生の場合は中で綿密にコミュニケーションをとりながらでなければできないので、こういう建築のチームを会社の中に持っていないとできない。そうすると、リプラスしかできるところがないということで、自分たちの優位性が際立ってきます。この二つが再生と新築の違いであると思います。

田村――建築のチームが社内にあるという話をうかがって、なるほどなと思いました。例えば、先ほどの元麻布の事例発表の中で、床スラブを抜いて(取り払って)面積を減らすというのがありました。不動産の人と話していると、坪いくらの話ですから、元の坪数を減らさないでいかに面積を確保するかという発想ばかりですが、そのあたりは建築チームと検討していく過程で出てくる発想なのでしょうか。

――おっしゃる通りです。目一杯もうけたい、すぐ転売したいというのが不動産的発想として先立ちますので、建築のチームがいないと、なかなかそういう発想にはならないですね。

田村――そうすると、この事業を始める時に、建築のチームと組んで、そういう新しい業態をつくっていこうということが元々の発想としてあったわけですか。

――事業のつくり方の話になってくると、元々あったのは年金などの資金運用をしたい人と建築のチームだったんです。ですから不動産という認識はあまりなく、この2つが結びつけば新しいタイプの資金運用ができるから事業を始めようということでした。複数の事業があって初めて事業が成り立つという感じです。今のリプラスは、そこからもう少し発展していまして、現在5つのチームがあります。どういうチームかと言うと、不動産チーム、証券化チーム、建築チーム、運用していく賃貸管理チーム、それにリートの目論見書をつくったり情報開示をするチームの5つです。この5つのチームがありますと、ほかではできない事業の組み立てができることになると思います。

▲田村誠邦

●具体的な組み立て方
難波和彦――先ほどの田村さんの質問と多少重なるかもしれませんが、どこにどれだけ投資をするのがいいかとか、バランスを考えるとか重みづけるというのは生命線ですよね。同じ値段で買ったものがいくらで運用できるか。そこでこの床スラブを抜いたほうがいいとか、このエントランスにお金をかけるという、そのメリハリみたいなものは誰が考えるんですか。

――それはやはり建築のチームが考えます。その時に会社の中でどういうことが起きるかというと、アイディアをつくらなければならないですから、前提条件をどう設定するかというところが肝だと思います。例えば、先ほどの元麻布のものですと、ここまでの金額の投資ができる、あるいはこういう期間でやらなければならないとなった時に、建築チームとプロジェクト・マネジメントのチームがどういう議論をしてくるかなんです。どれだけの検討をしてどうなっているかというプロセスがあると、そのクオリティが上がるんだと思います。出てきたものを誰が決めたかというと、プロジェクト・マネジメントのチームです。

難波――元麻布の物件の場合は、そんなにお金はかかっていないのかもしれないけれど、非常にドラマティックな玄関ですよね。床を抜くなんてすごいことだと思うのですが、それも建築からの発想ですか。そしてこれは個性化するためのデザインですか

――あれはデザインではなくて、空間にバッファーを持たせるためにデザインしたものです。最初に出てきた案は、確かコンテナボックスみたいなのを置いてレンタルルーム、貸倉庫として、全部フルに貸し床にするものでした。それに対して、それではつまらないし、そこまでやっても借り手がいるとは思えなし、そこまでのものはいらないという話をしたら次のプランが出てきました。そういう差し戻しを何度かしてあの結論になったと思います。

難波――もう一つ強調されていたのは、遵法ということですよね。リノベーションで問題になるのは、耐震補強がいるかいらないかということが決定的な分かれ目になっていて、判断はキャッシュ・フローで見た場合の時間の問題がポイントだとおっしゃっていましたが、物件の判断条件はその辺が大きいんでしょうか。

――旧耐震の建物でもかまいません。ただし遵法性が回復できるかどうかが重要です。旧耐震のものであれば、耐震補強をし直して実際に遵法性を確保できる建物なのかどうなのか、それにかける追加投資が収支に合うのかどうかを検討します。

松村秀一――先ほど田村さんがおっしゃったように、コンバージョンの研究会をやっていた時に考えていたことは、初期の段階で大事なのは、例えば、旧耐震の建物を遵法の状態に持っていくためにどのくらいのお金がかかるかとか、採光条件を満たさないから住宅にする時には窓を空けなければならないということを、短い時間にある程度の精度で判断できるといった職種が必要だろうということです。それがないと、いわばクズをつかむようなことも起こりうるということを話としては知っていたのですが、そういう職種がリプラスの部門の中にあると考えてもよろしいのでしょうか。

――そうですね。ただわれわれとしては、遵法性は基本的には何でも回復できると思っているんです。例えば、福岡で取得したある収益物件は、普通の収益物件ですが、うちは9階と10階を切り落としたんです。要はやろうと思うかどうか、そしてそれに必要なお金をかけるかどうかだけです。そういう意味ではすべてできるはずです。ただし、どれくらいのお金がかかるのかということを見極められるかどうかと、あとは遵法の基準をどこに置くかだと思います。遵法性について言うと、実はうちには遵法性の判断をする専門チームができています。例えば、耐震補強のような話はわかりやすいのですが、単純な話、看板、アンテナといった付帯設備の状況も細かくチェックするということを個々の物件ごとにやっています。
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