プロローグレクチャー
●再生の建築プランをめぐって
田村――以前このフォーラムで 、建物のコンバージョンをする前にオーナーのコンバージョンをする必要があるというお話をしました(第7回フォーラム)。普通ならば経営が駄目になった企業は経営者が替わるわけです。ところが経営者としてのビルのオーナーはそうはいかない。ビルが空きビルになっているのは、単に立地の問題だけではなくて経営能力の問題もあるわけです。だから本来はオーナーが替わらないとコンバージョンはできません。そのままやろうとしても、結局、これまでの経営能力にクエスチョンマークがついていて、お金も返って借入金も返せていないとか、いろいろな問題があって追加の投資もできないまま、プロジェクトはそこで止まってしまいます。今までの発想ですと、土地活用という言葉にあるように、土地を持っている人は絶対替わらない。同じ人が土地あるいはビルを持ち続けていることを前提にどうするかと一生懸命考えて議論していたわけです。ところが姜さんのお話は、ファンドとして動かなかったものを買われて、まったく新しい発想でそれを経済的にも建物としても生きられるように考える。そこがやはり大きな飛躍かなという気がします

松村――僕らの委員会は、ビジネスを立ち上げる機会はなかったので、東京では最も一般的な、土地を持ったままコンバージョン投資をなんらかのかたちでできる姿を一般解として追い求めたけれども、結局、それは非常に難しいということがわかりました。おそらく田村さんのような、建築のこともお金のことも不動産取引のこともわかっているという、非常に新しくて珍しい職種の方がビルのオーナーについてやるくらいしか方法がないのかなと僕は思っていて、研究会としては出口が見えずにいたんですよね。ところでリプラスでは建築チームの人たちが企画を立てて、最後は外の建築の人たちに頼むというかたちなんですか。

――いいえ、検討の段階から建築家の方と一緒にやります。そのほうが面白い。

松村――そうすると、一緒にやられている方が何人かいるということでしょうか。

――います。ただ、今のリプラスのプロジェクト・マネジメントのチームは毎回新しい方と働きたがりますね。

難波――そういうことに協力できるデザイナーの資質は何なのかと思ったのですが、どういうデザイナーがいいですか。

――ビジネスとしての話で言うと、最初から投資金額に上限を設けて考えてしまう人は、この手の話は無理だと思います。逆にある程度お金をかけるという前提でいかないと、今日紹介した案件は成立しないんです。けれどもたいていの施主は、もっと安くと言われるんです。うちも「同じものでもっと安くならないのか」と言います。けれども、これしか最初からお金をかけないとか、これ以上かけるというと怒られそうだと思いながら持っていくというのは駄目なんです。これが1点目です。2つ目は、こういう再生のプランニング自体、何度も手直しが発生するものです。その時に、私どもはお願いするのではなくて「最初から一緒にやる」といったのはそこで、一緒に議論してやっていけるというのが2つ目のポイントになると思います。

松村――お金の問題ではないというのが面白いところですね。僕らの研究会の発想にもなかった。要はいくら投資しようとそれがうまくまわるかどうかで、金額の多い少ないはまったく問題ではない。むしろ、そういうところに枠をはめて考えるのはこの事業にとってはナンセンスである、というのは、胸のすくようなすばらしい話ですよね。

田村――研究会の時に、どういう結論になったかというと、土地オーナーが追加で投資をするのであれば、だいたい新築費用の2分の1以下でやらなければならないとか、3分の1くらいなら何年で回収できるとか、そんな議論をしていたんです。ところが、それその範囲でやれるものは現実にはすごく限られていて、それをどう転換するかという話になって、結局出口が見えなかったですね。

――われわれも背景にはお金の計算があります。3年後に完成するものと1年後に完成するもので考えた時に、運用の仕事で言うと対象になる利回りのものは国債なんです。国債とリートなり不動産ファンドなりの利回りの差がどの程度あるかが重要です。1年後の国債はある程度の幅でしかない。また日本の場合、3年後と言うとその幅はもっとぶれます。ということは、そこで安全裁量を見込まなければいけない。かつお金は常に運用しなければならないわけで、先ほどの割合のファンドだと寝ている間に年15パーセントで回るわけです。ということは、3年後にかかるために100をかけるということは、100÷1.15÷1.15でさらにそのぶれを計算すると、今、新宿と比べた場合に4分の3のお金がかかるといっても、実は計算上はそれより安い。そういう計算をします。



▲松村秀一

●資金運用業の立場から
松村――首都圏では、麻布や新宿、三鷹、大宮という3つに分けて対応する事業が違うという話でしたが、例えば、大阪、名古屋、東京に次ぐような大都市圏、あるいは仙台とか地方都市とか、そういうところでご説明いただいた事業が成立していく可能性はどのようなものか、ということについてお話しいただけないでしょうか。

――われわれはすでにやろうとしています。福岡で実際に検討して、最後にある特殊な事情で実質上は売られなかった物件があったんですが、東京都心だけではなくて、福岡なり札幌なりでも成り立つと思います。ちなみに先ほどの収益物件も含めたファンド全体で言うと、われわれは全国の分散投資をむしろ徹底させようとしておりまして、東京の比率は一定以下に抑えるという基準を内部基準として持っているんです。ちょっと余談になりますが、旭川にも持っているんです。旭川は人口が減っているし、賃貸事業も住宅事業もそんなに強くないですが、その旭川で一番目立つ建物なんです。住宅地図のマーケットの中で言うと、多分下は沈んでも上の物件だけは浮かび続けるわけです。そう考えると、安定している物件はどこでも見つかります。むしろ東京の都心のほうで、よくわからずに馬鹿なお金をつっこむディベロッパーをたまに見かけたりしますが、そうなると魅力的な物件の競争力はどんどんなくなって新陳代謝が悪くなります。

田村――再生をやっているビジネスはいろいろあり、最近多いのがマンションの一室を改装してそれをエンドユーザーに転売するという商売です。これはかなり伸びていて、年間に何百室か売れて、上場とかそういう規模になっている会社もあるわけです。そういう会社は非常に短期の利益を得たいということです。一方、姜さんは、長期的な投資を負担するという話が一番最初にありましたし、遵法性の話もありました。そういう長期的な投資で、しかも自分のところで賃貸を運営管理しながらお客様に配当していこうとする、とこうしたいうスタンスは初めからあったのでしょうか。

――それはある程度初めからありました。

松村――それはなかなか珍しいというか、言い方を変えると、腹を括ってこの仕事をずっとやるということになると思いますね。僕のイメージで言うと、お金の運用の仕方として、今はこちらがいいからこちらに使おう、今度はこっちがよくなったからこっちに使おうというのとまったく違う方向性ですよね。事業として創業100年を迎えるまでやっていくという方向ですよ。姜さんの属している世界では非常に珍しいのではないのですか。

――不動産の世界では珍しいと思います。ちょっと優等生的な答えをすると、市場の読み方とか事業の定義の仕方という話になりますが、われわれの事業定義の仕方はやはり資金運用業なんです。それもオルタナティブ投資と言われている資金運用業なんです。オルタナティブ投資とは何かと言うと、年金とか生損保が運用する時に、今までは国債を買ったり、ソニーや松下の株を買ったりしていました、日本経済が右肩上がりだったので、それでみんなの年金をまかなえたわけです。それに対して、年金制度の破綻という言い方で、とてもじゃないがそれではやっていけないというのが最近の話です。だとすると新しい代替投資、オルタナティブ投資をやらなければいけない。不動産はその代表的な商品なんですが、今の日本にはほとんどない。ということは、明らかに急速なスピードで拡大するとわかっている市場なんです。そういったタイプの方々をお客さんに、短期間でもうけさせてあげるとか、今年は成績がよかったけど次の年はこうだというのではなくて、中長期にわたって安定した配当を確保し続けるための信頼を得るというのが重要になるわけです。自分たちの事業定義はそちらにあり、不動産開発をやっているわけではないので、そういった考え方になっていくわけです。

松村――そうすると、やっていることをぱっと見ると、例えばNHKのドキュメンタリーでアメリカの禿鷹ファンドみたいなのが「今は地方都市だ」と言って次から次へと公園通りの開発をしました、というのとかたちは違うにしても同じ部類の再生開発で、だけど事業としては、まったく別種のものと考えたほうがよいということですね。

――そのとおりです。
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