Renovation Report 2007.4.20
都市的な広がりをもつパブリック・スペース
フィンランド「フィルカルス・ヴィレッジ」レポート
増田圭吾

イントロダクション
Introduction
フィンランドの片隅のある村が今注目を集めている。その村はフィスカルス村という名前で、2006年には「フィスカルス・デザイン・ヴィレッジ展」が、日本各地を巡回した。そもそも、村の名前が付けられた会社「フィスカルス」は、現在も有名なハサミや刃物を作るメーカーである。17世紀にその歩みを初めて以来、刃物の製造を主とし栄えた村が工場の移転により一時衰退をはじめた。しかしながら、長い間地域に根付く職人の気質や地域のもっている潜在的なエネルギーがアーティストたちを刺激し、彼らが移り住む事で村が再生した。そのフィスカルス・ヴィレッジをレポートする。

●「Fiskars Village」
・所在地=Fiskars, Pohja, Finland
・用途=アート・ヴィレッジ
・構造=木造、鉄骨造、煉瓦造
・公式ウェブサイト
http://www.fiskarsvillage.fi/

サイト
Site
フィンランドの首都ヘルシンキから西に85kmの場所にある豊かな自然に恵まれたフィスカルス村に、1649年に「フィルカルス」社が設立される。フィスカルス社は刃物メーカーとして発展し、フィンランドにおける近代産業の発展のきっかけとなった。
しかし1973年に工場の生産効率の推進のために工場が移転され、さらに77年にフィルカルス社がアメリカに移転すると、古い工場や空き屋など19世紀から残されてきた貴重な建築物は使われなくなった。90年代に入り、20年前に閉鎖されたこれらの遺産を活用すべく、デザイナーやアーティスト、職人が集い、94年に作品展が開催された。30人の出展者と500人ばかりの小さなコミュニティで行なわれたこの展示はフィンランド国内だけでなく世界にインパクトを与え、96年には協同組合が設立され、展覧会の企画などの運営組織となった。また、フィスカルス社がバックアップしてこの村を支援し、現在も100人を超えるデザイナー、アーティスト、建築家などが運営組織として活動している。
上:20世紀初頭に撮られた
フィスカルス・ヴィレッジの写真
出典=http://www.fiskarsvillage.fi/
下:現在のフィスカルス・ヴィレッジの風景

プロセス
Process
現在の村は、19世紀にヨハン・フォン・ユリン(Johan von Julin)を中心として発達した。20世紀後半に入って、アーティストが住み着き始めるとリノベーションはいたるところで常に行なわれてきた。中心部にある刃物工場は建築家C・L・エンゲル(C.L.Engel)によって1832年にデザインされたものであるが、現在はフィスカルスのデザインセンターとして使われている。道に面した二階建ての石造建築は1820年代につくられ、フィスカルス社が家屋を商品としてリノベーションして、現代風にアレンジを施し売りに出したもので、組合の会員がオーナーとなっているオノマ・ギャラリーショップとなっている。もとの学校の校舎と厩舎、時計塔は、「フィスカルス1649」となりフィスカルスの歴史を紹介する展示スペースとなっており、また穀物倉庫は広い展示スペースへ、銅鍛冶小屋は展覧会場とレストランになっている。さらには1837年に建設された古い工場は現在は家具などを作るために使う工房として活用されている。また、それらの施設の周りには多くの19世紀に作られた木造建築が住居として1990年代にリノベーションして今でも活用されている。
左:観光客で賑わうオノマ・ギャラリーショップ
右:1832年にC.L.Engelによってデザインされた刃物工場。現在はフィルカルスのデザインセンターへ
左:1830年代に学校として建設されたフィスカルス1649
右:1902年に建てられたスラグレンガで建てられた穀物倉庫。現在は展覧会会場として用いられている
左:銅鍛冶小屋は展覧会場とレストランへ
右:展覧会場の内観
上:ワークショップへ転用された1837年に建設された工場。外観
下:同、内観
19世紀に作られた木造住居
特記以外すべて筆者撮影

展望
Prospect
350年に渡るフィスカルス村の歴史は、今、アートヴィレッジというかたちで継承されている。現在もなんらかの展覧会が年間を通して開催され、旧施設が利用されたレストランやカフェも併設され、村に行くことでよい雰囲気を楽しめ、年間を通して多くの観光客が訪れている。
国家や政府の指定による保存の方法ではなく、アーティストが自ら、廃れていく、しかしながら確実に貴重な建物に移り住むことで、その地域全体に活気をもたらし、建築の「保存」という方法のなかでも「利用しながら保存すること」を成功させている。
フィンランドは気候や人口構成は違えど、日本と同様に比較的新しい国であり、戦後から成長を続け、成功を収め国力や文化の成熟度を発達させてきたという意味では似ている部分もある。しかし、その独特の歴史を持った国でアーティストが今現在果たしている役割やその在り方自体は、日本とは違ってみえる。社会がアートを支援し日常の中に自然と溶け込む様は、こうした試みの成功によって培われてきたものであるに違いない。
現在の日本だけでなく世界の国々で、産業が生み出した技術や残した賑わいは過去の遺産として葬られ、廃れていってしまうことが多い。その意味で、連綿と続く産業を新しい価値に置き変え一定の成果を残しているフィスカルス・ヴィレッジは、日本が戦前、戦後に生み出して、現在にまで残る数々の産業遺産の今後を考えれば、十分に参照する事例としてふさわしいものと言えよう。

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