Renovation Report | 2005.4.21 | |
まちの温度を上げる ──伊豆下田市南豆製氷所アートプログラム 「fusion point──融点vol.1」報告 新堀学(建築家/NPO地域再創生プログラム) |
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2005年3月19日より21日の3日間、伊豆下田市の南豆製氷所跡にて、アートプログラム“fusion point──融点”が行なわれた。 19日には、同じ場所で下田のまちづくりに関する勉強会「下田再創生塾」の第2回セッションが、ゲストに建築家の阿部仁史氏、建築史家の五十嵐太郎氏を迎えて開催された。 この三日間の下田での再生にかかわるイヴェントについて、企画・運営担当した者としてレポートを行ないたい。 展覧会/シンポジウム概要 ・展覧会:下田南豆製氷所アートプログラム <fusion point──融点> vol.1 参加アーティスト=黒川未来夫(写真家)、RE[ ](メディアアーティストグループ) 日時=2005年3月19日(土)〜21日(月)、10:00〜18:00 ・シンポジウム:第二回『下田 再創生塾』 講師=阿部仁史(建築家/東北大学教授)、五十嵐太郎(建築史・建築批評家/東北大学助教授)、田中豊(下田TMO株式会社社長)他 日時=2005年3月19日(土)、14:00〜17:30 会場=南豆製氷所跡(静岡県下田市一丁目6-18) 主催=NPO地域再創生プログラム [NPO地域再創生プログラム]理事長:清家剛 [下田再創生塾実行委員会]リーダー:山中新太郎・橋本憲一郎 |
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大正12年建設の伊豆石による組石造の建物である。2004年春まで製氷所として操業していた。 立地は下田駅から中心市街地へ入る丁度入り口にあたり、また稲生沢川の河口に面した、海との接点にあたる場所でもある。 この石造部分の素材である伊豆石は、この伊豆半島で産出するかつて建築によく使われた良質の石材であるが、現在はほとんどの場所で採掘が禁じられた幻の素材である。 内部は、大きく分けて南側の冷凍室(6室)の小空間と、北側の機械室の背の高い空間、そして製氷プールのある二層の床を持つ製氷室の三種類の空間に分かれる。 なかでも製氷室は、ここ独自の製氷法のために零度以下に温度を下げた海水を溜めるプールと、そこに製氷缶を差し込むための格子状の床面との二重の構造になっている。 空間の構成、また地元の素材を利用した高度な建築技術、そして河口という都市的に重要な立地などこの南豆製氷所が持っている価値は非常に高いものがあるといえるだろう。 |
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南豆製氷所跡概要 所在地=静岡県下田市1丁目6-18 用途=製氷工場 上棟=大正12年 構造=石造2階部分木造 敷地面積=922.56平米(279.07坪) 延床面積=744平米(225.06坪)1階486.45平米+2階53.58平米 高さ=GL+8983mm 階層=一部2階建・平屋 |
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□遭遇 われわれのまちづくりNPO地域再創生プログラムはいくつかのプロジェクトを遂行するワーキング・グループ(WG)を単位として活動するかたちで運営されている。2004年5月以来、この下田に関わるWGがメンバーの山中新太郎氏を中心として発足し、活動を開始した。 何度かの下田での活動の中で遭遇したリソースのひとつにこの製氷所があった。 その後、港湾に関わる産業のひとつとしての製氷工場の空間は、小さく区割りされた空間、背の高い空間、そして二重に床のある空間という三つの特徴ある空間がレヴェルを変えてつながっていく構成は、それだけで一見の価値のあるものであった。しかし、その時点での所有者であった商業協同組合も、資金的な約束は2005年の3月までということで、それ以降解体される不安を感じる状況でもあった。 現状に対し、外の人間であるわれわれが協力できることは何だろうかということを考えたとき、この場所を人々に「つなぐ」というところを担うべきではないかと、商業協同組合に掛け合い、2005年3月までに「何か」をこの場所で行なわせてもらいたいということをまずは受け入れてもらい、このプログラムはスタートすることになった。 □企画「テンポラリー・リノベーションとしてのアート」 東京に戻り、早速「南豆製氷所リハビリテーション・プログラム」と題して、この空間を活用し、またそれを運営したり活用したりする「誰か」につなげるためのきっかけ作りの方策をリストアップし、それをもって2週間後に再度下田を訪れた。 このとき、未完となった大塚同潤会のアートプロジェクトOPEN[apartment]で一緒に活動してくれた写真家の黒川未来夫氏に現地確認として同行してもらった。この空間に何かを感じてくれた黒川氏の反応、また企画書の中に提示したアートプログラムへの商業協同組合の期待感などから、やはり第一弾はアートプログラムで進めるという方針をまとめることにした。 たとえば場所を活用すると一言で言っても、さまざまな方法がある。 今回、アートを選んだ理由のひとつは、ここで「これまで行なわれてこなかった」活動を行なうという観点からの提案である。おそらく、空間自体が持っているポテンシャルをより純粋な形で引き出すことが、固定観念を超えるためには必要だと感じたのだ。 これは、潜在的な空間のポテンシャルを可視化するためのテンポラリーなリノベーションといえるだろう。パーマネントに建築を改造するというだけでなく、一種ベンチマークテスト的に建築に貼りついている用途というレッテルを一旦はがし、空間そのものに立ち返ってそれとどう対話するのかを考えてみること。 本当の問題はそのあとにあるわけだが、なによりまずここを見る人が、さまざまな想像力を掻き立てられるような体験と、この空間自体の可能性を共有することが必要だと考えた。 2005年3月までというまったく足りない準備期間のなかで、現地を確認してもらった黒川氏には、早速プランを考えてもらうことにした。かなり広いスペースであったので、もうひとつ写真以外の何かという二部構成で考えることにした、いくつかの選択肢の中で、写真の「静」に対して、メディア的「動」を対比させるという考え方でNPOメンバーでもある山代悟氏の参加するメディアアーティストユニット、RE[ ]に相談し、参加してもらうことになった。 照明機材に関しては、小泉産業株式会社、またインスタレーション資材は、セイキ工業株式会社の協力をとりつけることができた。 |
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□黒川未来夫展示 一週間以上、現地に滞在し、そこでかつてこの場所で作られていたのと同じ氷を 撮影し、その写真映像を、6室ある現地の冷凍室に撮影された氷とともに段階 ごとに展示した黒川未来夫の作品は、この南豆製氷所の歴史と時間を、残され た空間からたどりなおす体験にほかならない。 最小限の演出(さりげない照明と、シンプルなモノクロの写真、そして融けて いくリアルの氷)によって、場所の持っている特質を引き出し、それを鑑賞者 が体験できるようにするという意味で、まさに今回のアートプログラムにふさ わしい展示であったといえるだろう。 |
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□RE[ ]展示 RE[ ]は、通常のスクリーンシステムによるインスタレーションと同時に、現地ロケにてヒントを得た、この場所の空間自体を体験させる光によるインスタレーションを実行した。 スペースBのインスタレーションがそれである(写真上段)。単なるライトアップではなく、光の明暗をMAXベースのプログラミングによって変化させ、また自主開発のスリットライトによって空間を切っていくなど、時間と空間を組み合わせた体験をつくりあげた。 スクリーンシステムのインスタレーションも、抽象的なボリュームが挿入されることで、元の空間の襞の持つ魅力が照らし出される効果を生んでいた。 地元の人々にとっても、おそらく下田でははじめての体験であり、かなり高い評価を受けていた。この南豆製氷所の隠された空間的ポテンシャルを引き出して、それを見てもらうというイヴェントのコンセプトにダイレクトに応答するインスタレーションであった。 |
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ホワイエにあたる元機械室を会場として、80名オーバーの人々が集まり、3月19日第二回下田再創生塾は始まった。 会場を提供した商業協同組合による挨拶のあと、阿部仁史氏のプレゼンテーションが行なわれた。タイトルは「卸町での試み──ドメステックアーバニズム」。仙台卸町で継続している、アーバニズム・リノベーションの報告である。仙台のアーケードのプロジェクト、おゆみ野ワークショップなどの「ドメスティックリノベーション」に始まった運動は、卸町というフィールドへのインターベンション/介入をシリーズ化していった「ドメスティックリノベーションズ」に展開した。 さらに2003年から継続中の「人に愛され、人が集まるまち」づくりを掲げて最終的には「人が住まう街」を目指すというプログラム「イノベイティブ卸町」に到る。 これらさまざまなリソースを縫い合わせ、リアリティをくみ上げていく活動群は「阿部+本江+堀口」のチームによるものであり、現在プロジェクトの総体は、個々のプロジェクトを超えてすでに計画論と呼べる領域に入りつつある。 1)リソース(を理解し、伸ばす) 2)コミュニティ(を作る、育てる) 3)ネットワーク(を拡げる) というキーワードおよびそれに対応する6つのアクションプラン 1)アクティブ・プランニング(組合が先導的に取り組むプロジェクトで、リアクティブ・プランニングの背骨を作り上げるもの) 2)リアクティブ・ゾーニング(「場」ではなく、「事象」を条件づけるもの) 3)イベンティング(次々とイベントを行うこと) →リソースに対応 4)組合の新たなあり方(「卸商センター」から「卸町センター」へ) 5)情報強化環境の創成(プラットフォーム、内外のインターフェイス) →コミュニティに対応 6)コンテンツの充実(発信機能、プロモーション、ブランディング整理されたコンセプト) →ネットワークに対応 という非常に明快な構成のプログラムに組み上げられた活動は、まさにアーバニズム/都市の計画論と呼ぶにふさわしい射程を持っている。 |
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続く五十嵐太郎氏のプレゼンテーションのタイトルは「アートとリノベーション」。世界におけるアートにかかわりのあるリノベーション事例を広く紹介するものであった。最近の事例としてフランスのパレ・ド・トーキョーの紹介から、「リノベーション」について 1)アートスペース/美術館 2)活動/教育の拠点 3)アートプロジェクト といったカテゴリーに整理し、それぞれをオルセー美術館や北京の798工場、横浜のBankArt、名村造船所跡地プロジェクト、中村政人の湯島もみじ、川俣正、高橋匡太、越後妻有トリエンナーレなどの事例によって示した上で、リノベーションの意味を「新築ではつくることができない、固有の空間をいかに活かしながら、新しい場を生みだすか」とわかりやすく規定し、それが世界的な流れとして存在していることを示した。 後半には下田TMOの社長で、下田商工会議所副会頭も務める田中豊氏、また今座談会下田再創生塾リーダーの山中新太郎氏、橋本憲一郎氏を交え、パネルディスカッションを行なった。 まず田中氏から現地のTMOのこれまでの活動についての報告があり、ハードの完成形を目指すが故の困難と、それへの助力を会場に求めた。それに対して、実際に卸町で活動している阿部氏の経験を踏まえた「箱じゃなくて、アクティビティこそ」、「まず何を誰がするのかを考えるべき」というサジェッション、五十嵐氏からの「廃墟になる自由」という刺激的な提案などを交錯させつつ、会場には「何かやらなければ」という空気が醸成されていった。 問題になっている南豆製氷所という実際の場所で、そこから何ができるかについて考える、それはすでに「一緒に考える」ワークショップといってもいいものだろう。「まちの温度を上げる」というイヴェント全体のねらいが実際に動き出した瞬間であった。 |
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3日間のイヴェント期間中、意外に地元の人々からの反響が大きかった。 アンケートを見ても、「このような場所があるとは知らなかった」「あるのは知っていたが、これほどとは思わなかった」「これからどうするのか」「何かできないか」という具体的なものが多かった。また、アート自体への反応も良好で、「またやってほしい」「次は何をするのか」というものがあった。 一方で運営については、反省すべき点もあった。 まずは媒体など告知スケジュールが大幅に遅れた点から、期待していたほどに周知できなかったこと。これについては、期間以降に「まだ見られますか」という問い合わせが来たことからも、やはり2月中に手を打っておくべきだったといえるだろう。 また、同じように財政的な基盤も、近隣企業なども巻き込むなどしたかったが、同様に根回しの期間が短かったため十分な成果が上がったとはいいがたい。 そして、これから。 このイヴェントに触発されるかたちで地元では「南豆製氷応援団」が発足し、これから活動をはじめるという。 またTMOも3月の会議では全会一致で、この南豆製氷所の今後を考えていくための時間として3カ月の猶予を商業協同組合に申し入れ、その間かかる費用負担を担うことになったそうだ。すでに、以降の運営資金の調達のための増資説明会などがアナウンスされている。 これらを手始めに、これまでのハードよりの提案からソフト的な活用提案に方向性がシフトしていくことが期待できるだろう。それも、単なる事業化ではなく、関心を持った市民やサポーターによる活用へとつながっていくことがのぞましいと考えている。 少なくともこのイヴェントによって、この建物を大切に思う人々が顔を合わせ、またその気持ちを確認しあい、そして前向きに一歩を踏み出すきっかけを作ることができたといえるのではないだろうか。また今後の活用を考えるための想像力と空間体験を提供するという意味でも今回の「テンポラリー・リノベーション」の初期の目的は一応果たせたのではないだろうか。 シンポジウムでも指摘されたように、この南豆製氷所の再生は、下田という地域の再生とは切り離せないであろうし、またそこまでの射程を持つことで「リノベーション」という視点がより効果的に働くといえるだろう。 われわれもこの一回だけのかかわりではなく、運営プランニングのワークショップに参加、あるいは見学会を企画するなど、ハードな面、ソフトな面などいろいろなレヴェルで今後も継続的にこの貴重な空間リソースの活用へと関わっていきたいと考えている。 |
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