トップヒノアトリエ・ワン

●なぜリノベーションか
青木淳──今回は3つのプロジェクトで各々が別々のことをやっているので、同じリノベーションとはいっても、ひとつの建物をどう変えるかということでそれぞれずいぶん違うことをやっていると思います。そういうこともありますので、リノベーションということを僕がどういう意味で使ったり、考えたりしているかということを手短にお話したいと思います。

▲青木淳氏

▲fig.1
実はリノベーションという言葉が面白いなと思ったのは、建築ではなくてマルタン・マルジェラというデザイナーの服のデザインからです。fig.1は1999年か2000年のモデルですから、かなり前のものですが、こういう服のデザインを見ていると、あることに気がつきます。つまり、服というものには非常に明解な形式があることです。例えば、fig.1は襟や袖、肩という形式があります。ここでデザインになっていることはそのプロポーションが変わってしまっていることです。服を構成している手法は全然変わっていないのですが、各々のパーツのあり方が変わってしまうというかたちです。fig.2も同様の服で、手を通す位置が変わると全然違うことになってしまう。fig.3は右が広げたときですが、こういう巨大なタンクトップを左のように着るわけです。これなどはタンクトップの形自体はまったく変わっていませんが、大きさが変わると全然違うものになってしまう。現在マルタン・マルジェラがどれくらい面白いファッションデザイナーかわかりませんけれど、この時点でかなり面白いことをやっていると思ったんです。着られている服はすごく珍しい非常に新しいデザインですが、その新しさは比較して言えば、イッセイミヤケが服を「一枚の布から」のような現在の服の形式をさかのぼってゼロから服をつくるという新しさではなくて、服というものがもってしまっているもの制約を出発点にしてまったく違うものがつくっている。そういう気がしたわけです。
▲fig.2 ▲fig.3

●ルイ・ヴィトン/結晶としての建築

▲fig.4
れは服だけではなくて、美術でもそうだと思いました。fig.4はリュック・タイマンスという画家の絵です。タイマンスの絵を見ていると、ものに何か意味があり、その意味を取り出すために描いているというよりは、目に見えているものを描いているという感じがします。見ていると見えてしまうということが恐いという感じがします。タイマンスの絵の場合も具象とか抽象という定義があまりできなくて、絵画という形式に則っていますが、それ以上に単純に目の前に見えてしまっているものを描くことでまったく新しい絵画になってしまう。ファッションや絵だけではなく、すべての分野で今面白いことというのは、全部一切合切をゼロに戻してつくり変えるということよりも、何か目の前にあるものをそこにあるものとして考え、そしてそのものを読み替えるという作業として面白いものができてくるのではないかと思ったわけです。これはもちろん建築というまさに改装をできる分野でも言えるわけですが、ただ改装といってもいろいろな方法があります。そのなかで僕が興味があることは、そこにあるものから意味を見出すということではなく、そこにたまたまあるにすぎないかもしれないけれども、そこにあるものの読み替えをするということです。それで新しいものができないかというようなことです。
▲fig.5 ▲fig.6
そうは言っても、必ずしも本当の意味で古いものを変えるという機会ばかりではありません。fig.5はニューヨークのルイ・ヴィトンで、改装したものです。fig.6は1930年に建てられたオリジナルの建物です。これができた頃はヒュー・フェリスがニューヨークのスカイスクレーパーはどうあるべきかというイメージをいろいろつくっていて、fig.7はそのなかのひとつで、結晶の束とか、険しい山というイメージで考えていたんですね。映画『キングコング』でもキングコングは最後にエンパイアステートビルに登るのですが、アフリカから連れてこられたキングコングが自分の故郷へ帰ろうと思って、そばにあったと登ったのがエンパイアステートビルです[fig.8]。そういう意味で言うとキングコングは相当審美眼があったわけです。fig.9がヒュー・フェリスが書いた本の表紙です。これを見るとニューヨークはこのようなスカイスクレーパーの街だと捉えられている。
上:fig.7
下左:fig.8/下右:fig.9


▲fig.10
のルイ・ヴィトンの建物が建てられたのも同じ頃ですから、そういう面をもっているのは確かです。しかし、fig.6を見ていただくとわかるのですが、先ほどのヒュー・フェリスのドローイングのような効果、意図はこの建物にはないわけです。これをリノベーションしてルイ・ヴィトンの店舗にするというとき、もともとこの建物のなかに含まれていた「結晶の束としての建築」というヒュー・フェリスの夢をもう一回やればいいのではないかと思ったわけです。水晶というのはこういう具合に透明のところと曇っているところがグラデーションで変わります[fig.10]。ガラスの効果としてそういうことをして、建物全体としてはコーナーの一部を欠いているだけですけれども、そこだけによって建物全体が一種の棒状の束でできているという形と、それ自体がどちらかというと鉱物、水晶とかそういうものでできているということです[fig.11-13]。実際にさわっているところは建物の一部ですけれども、建物全体の読み替えをするということをしているわけです。これは必ずしも既存の建物の本当の意味の改装でなくても、新しい建物でもできるわけです。
▲fig.11 ▲fig.12 ▲fig.13

●空間を読み替える
次にお見せするのは、一昨日にできあがった住宅なので写真はまだありませんけれども、これは基壇のうえにのっている《G》という住宅の模型です[fig.14・15]。実際には下にコンクリートの台座があって、上に建物がのっているわけですが、この建物はなかに入ると基壇の部分が居間になっています[fig.16]。普通基壇には何も入っていないわけですが、これは上の住宅の、本来なら部屋があるところが下に引きずり出されて基礎の下に部屋がある。その分上がスカスカになるので建物の形に見えるところが大きいトップライトのようになっている。そういう家です。これはまったく新しくつくったのですが、基壇の上にのっている家というものはすでにあるわけです。そのあり方を変えることで、今までにあまりなかった住宅ができてしまうという例です。このような意味で一部しか変えないけれども、そのなかの建物全体の読み替えがうまれるということをリノベーションとして考えてきました。今回のものはそれを純粋な意味でやれるチャンスだったので非常に面白かったです。

▲fig.14-15=《G》模型外観写真 ▲fig.16=《G》模型内観写真

▲大和薬品外観
今回《大和薬品》の建物[TOPページ地図:R1]をリノベーションをするにあたって、基本的には廊下や階段だけを変えています。もちろん社長室なども手を加えていますけれども基本的にはいじりません。廊下だけはコンピュータで出力したフレスコ画の壁紙で覆って、そのなかを歩いて社長室(2階南向きの部屋)に入るわけです。途中の廊下の部分を変えるとずいぶん変わった面が出てきます。社長室以外のところ、1階の事務室かお店だったところや2階の和室や小さい部屋など、部屋にはそれほど手を加えずに、各部屋がもともとあったものとは違って読み替えられる状態をつくっています。
結果として、このプロジェクトでは何か機能をもたせたということではないので、建物のなかを読み替えていくだけで実はいろんな空間が出現しうるということを示しているものです。ですからこの建物を見た方が「この建物は使えるんだ」と思って下されば、プロジェクトとしては成功かなと思っています。[了]


▼1階内観 ▼階段見上げ ▼2階廊下
▲社長室内観
▲社長室から和室を望む

[2004.7.31]

PREVIOUS | NEXT

HOME