プロローグセッション
石山修武氏
▲石山修武氏
●ロシアにあふれる建材マーケット
昨年用事があってロシアに行ったんですが、日本から見るとロシアにはよいイメージがなくて、日本人はロシアがあまり好きではないのですが、ロシア人は日本人が大好きという矛盾した関係があります。ロシア、特にモスクワに今たくさんの建材マーケットがあります。私は何十年も前から「秋葉原に電気部品のフリーなマーケットがあるように、建築の部品のマーケットができたらいい」と言っていたのですが、ロシアには、今までに見たことがないようなインターナショナルで巨大な部品・部材マーケットがすでにあるんです。それがものすごく流行っていたので、どうしてなのかと考えてみたら、単純に言うとリノベーションのためなんです。
一方、DIY産業も含めたアメリカのマーケットもだいたい知っていますが、アメリカとロシアのマーケットは全然性格が違います。どこの国に行っても世界中のものが並べ立てられているところでは、僕は便器の値段をチェックして、TOTOとかINAXの便器がどのくらいの値段で売られているかを見て歩きます。そうすると、その国の流通価格の感覚はだいたいつかめて、アメリカと日本の価格は二重価格になっているとわかったりします。ロシアでは、なぜここまで強いマーケットが存在するのかと調べてみましたら、住宅に関しては、ほとんどがリノベーションだからなんです。だいたいアパートですが、セカンドハウスの一戸建てがついている場合もありまして、このセカンドハウスには農場がついていて食料は自給自足をしています。ロシアは、モスクワ市民も地方の人も基本的に全員アパートに住んでいるわけですが、これはソヴィエト連邦が破綻する前は国営でしたから、家賃を払わなくてすむわけです。それから電気ガス等が無料です。それで、あらゆる建築は基本的に壊してはいけないというコードがありますから、ちょっと大げさに言うと、ほとんど基本的にリノベーションしていくしかないんです。しかも、日本のようにリノベーションスケールの小さいものを請け負う、小まわりの利く工務店のシステムがありませんから、全部自分でやらなければならない。自分でやるシステムになっているのは、そういうマーケットがあるからだということがわかりました。ですからリノベーションを中心にして考えると、ロシアは非常に面白いシステムを持っていると思います。

●理想的なビジネスモデル
ロシアのマーケットには、INAXの便器も部品も当然全部並んでいます。どこのルートから入ってくるのかよく知りませんが、とても歩いては回れない一辺約2キロくらいの広いマーケットにそうした部品が全部そろっています。戦後の闇市のように混乱はしていないけれども整然ともしていないようなマーケットで部品が売られていて、自分のアパートの改装とか何か新しく付け加えるというのは市民が自分でやる。それが当然のように産業になっているというのが不思議で面白いなと思いました。ロシアは日本のように娯楽が発達していませんし、まだ旅行が自由化されていませんので、楽しみは、自分の家を自分でつくることなんです。ですから、みんなアパートのリノベーションとかダーチャと呼ばれるセカンドハウスのリノベーションを自分で工夫してやっている。それが非常に安くて、ある意味で合理的な値段のマーケットに支えられているというのが、ロシアあるいはモスクワの現状ではないかと思います。ロシアは人口2億人くらいで、10億人以上いる中国のマーケットと比べたらそれほど大きくはないですが、中国よりはましなマーケットです。建材マーケットとそこでなされている市民レベルのリノベーションの実態は、直接的には参考にならないにしても、非常に面白いモデルを形成している感じがします。旧共産圏のリノベーションを主体とするビジネスモデルは、これからリノベーションを考えていくうえで理想的なあり方だと考えています。僕も今モスクワで3つくらいのプロジェクトをやっているのですが、モスクワの中心圏から30〜40キロくらいの1等地、2等地、3等地にある古い建物は、コード、規制によって壊せないんです。そうすると基本的に全部リノベーションでやらなければならない。それから、都心の空地があるところには新築をして、郊外はアメリカ型のディベロップメントになっていますから、要するに3つのモデルが動いています。リノベーションと、都心の新築と、郊外のディベロップメントの3つがカオス状態で進行しているのが現在のロシアですが、共産主義体制が崩壊して、その後急速に資本主義化して、経済は1950年代後半の日本のように急成長しています。中国と同じくらいの急成長ですが、建築の生産とか流通では独特なシステムが形成され始めていて、しかもそれが市民レベルの感覚で醸成されているのが不思議で面白いと感じました。

●国際競争の時代に向かうリノベーション産業
日本でもロシアのマーケットに敏感な人は当然狙っているわけですが、そういう人が私に「石山さん、教科書を作るべきだ」というわけです。それは、ロシアには家をどのように直すべきかというマニュアルがないからなんです。簡単でわかりやすいリノベーションのマニュアルを作ることが、リノベーションというメジャーな建設産業の最初のオペレーションになる、とアドバイスされたのが印象的でした。日本のマーケットはいびつな形で成熟してしまっているわけですが、そのいびつなリノベーション・マーケットをこれからなんとかしていこうと思っている皆さんも、まず教科書作り、それからどういうふうにリノベーションをやっていったらよいかという基礎データを蓄積するのが最大の戦略になるだろうと思います。これ抜きにしてはリノベーションは考えられない。
リノベーションとかコンバーションはやってみるとわかるんですが、設計屋としては残念なことに全然商売にならない。やれば面白いシステムは出てくるんですが、結局設計を抜いていくことになる。要するに、メディアによってコンシューマーと生産者が直接結びつけられて設計屋を外していく、というビジネスなんだろうと思います。インターネット・ビジネスは、出口と入口しかないキセル産業で、間がないのが特徴だと思いますが、それに一番似ているのが意外とリノベーションとそれを中心にした産業だと思います。これらの産業がインターネット・ビジネスに近づいているというのは、非常に面白い現象で大事な点だと思います。
ロシアでは、国から与えられて全員が持っているアパートがすでにあるわけです。日本は国からは与えられなかったけれども、とりあえずみんな住宅は持っている。それで完全に飽和している状態は同じですから、立場を置き換えて考えてみると、リノベーション産業のやっていかなければならない方法がちょっとわかってくるのではないかと思います。そうなりますと、教育面からきちんとオペレーションしていかないと、まず産業としては成立しない、リノベーション産業は消費者に対する教育を含んでいる、と僕は理解しています。
少し耳の痛いことをいいますが、僕が学生の頃は、東洋陶器つまりTOTOがすべての学生に便器の型紙をくれたんです。それで便所の図面を書く時に型紙があると、そこの部分だけずいぶん格好よく描けるもんですから、皆東洋陶器の便器を描いていました。残念ながらINAXはくれなかった。実はそれは決定的なことで、便器の型紙というのはつまりマニュアルです。それを無料でくれましたから、便所を描くと自然に全員同じようなものを描くということが起こっていました。このようなことをリノベーションにおいてもやっていかないとまず芽がないと思います。それからリノベーション産業も国際競争の時代になるだろうと思います。
日本のプレファブメーカーは、自動車と違って一度も国際競争をしたことがないんです。自動車は、値段とクオリティの面で国際競争をしていて、トヨタはベンツやBMWと戦っているのですが、日本の住宅メーカーは残念ながら、よい悪いではなく、そういう状況に置かれたことが一度もない。ただ部品はそうはいかず、INAXが作っているものなどはどんどん使われて国際競争にさらされている。それがこれからリノベーションの場面でも現われてきて面白くなるのではないかと思います。そうなると素人でも、アメリカのスーパーマーケットで売られているINAXの部品の値段と、日本で売られている部品の値段が違うとわかるようになってくると思いますが、その辺が整理されていないのが日本の部品メーカーのグローバル・スタンダードが実現されていない危ないところではないかという感じがします。モスクワを訪ねた時に部品の値段を知っていると、ここで部品のマーケットをやったらずいぶん儲かるなと思ったりするわけです。
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