プロローグレクチャー
●土地担保主義の終焉――転換点に立つ不動産
難波和彦――建築家としては、ハードウェアとしての建築ばかりに目が向いてしまうのですが、前回の斎藤広子さんのレクチャーによって、ソフトウェアとしての側面の重要性に目を開かれました。それでもまだ問題点を整理できずにいたのですが、今回の田村さんの話を聞いて、その疑問がとてもクリアになった感じがします。
一般的なマンションの建て替え問題から、コーポラティブなリノベーションとしての「求道学舎」にいたる問題点を明快に説明してもらったので、リノベーションの可能性に関して勇気を与えていただいた感じがします。ただ一方で、結論としてリストアップされた保存、再生、建替えが成功する条件を見ると、今の世の中にはとてもそんな条件を揃えた物件は存在しないんじゃないかというアンビバレントな気持ちにもなります。これらの条件を当てはめると、世の中にある一般的なマンションの建て替えは、すべて不成功物件になるんじゃないかと、一抹の不安を感じるわけです。話の最初に、木造賃貸住宅について言及されましたが、この問題も含めて考えると、結構一筋縄ではいかない問題だと思いました。

▲難波和彦氏
太田浩史――たまたま築三十何年のマンションに住んでいまして、9月が契約更新なのでどうしようかという話を妻とよくしています。ですから、戸数が少なく、平均の坪数も小さい老朽化したマンションが都市再生に大きく関係しているという指摘を実感をもって聞いておりました。
定期借地権をきちんと評価するべきだというお話、それから保存すべき価値があることが大事だという点、これは建築家にとって大きなヒントになると思います。老朽化したビル、定期借地権、空間の力という三つを同時に置いて考えてみると、豊かな空間をライフスタイルに合わせて選んで移り住んでいく都市生活者の像が少し見えたような気がします。

松村秀一――田村さんはいろいろなところで僕の先輩なものですから、昔からお世話になっています。特にコンバージョン研究会を一緒にやるようになってからいろいろお話を伺うようになりました。これから建築的な仕事はどうなっていくのかを考える時に、私自身が柱にしている考えがあるわけですが、それは田村さんから教わったことです。でも普通、田村さんがいないところで講演をする時は、そのまま自分が考えたことのように言っています(笑)。
今までの日本の建築プロジェクトは、すべて土地担保主義で成立していて、要するに担保になる土地が値上がりするから、土地さえあればお金は出るし、どんな建物が建つかなんて関係ない。事業にどんな収益性があるかとか、どんないい空間ができるかとか、どんなふうに人々が喜ぶかとかいうこととは関係なく、今までの建築は、自動的にお金が出てくる仕組みの上に成立していた。しかし、これから先はもうそういうことはない。つまり、現在は非常に大きな転換点に立っているということを田村さんから教わりました。今日の話は田村さんのお仕事を進めていくうえでの基本的なスタンスになっていることだと思うのですが、「保存、再生、建替え」を一組の言葉にして使うことは、一般的にはあまりない。つまり、保存とか再生と、建替えは対立する概念として扱われている場合が多いと思います。田村さんのお考えからすると、すでに建物が建っていて土地担保主義が成立しない場合、どのように事業として成立させるかを考える際は、保存も再生も建替えも同じであるということだろうと思います。
これだけ建物が建ってしまった国に、保存、再生、建替え以外の建築的行為があるかというとないので、結局全部のことを言っているんだという思いで聞いていました。特に田村さんが取り組まれている問題としては「保存、再生、建替え」は、ひと続きに読むものだということが大変参考になりました。また、田村さんから教わったとは言わずに明日から使おうと思います(笑)。

▲松村秀一氏

●建築家に求められる建築以外の目
松村――田村さんのように土地担保主義でなく、建築的プロジェクトを成立させる事業の組み立て方をしている人は、僕のまわりにはいません。以前、1級建築士と不動産鑑定士の資格を両方もっている人は極めて少ないと聞きましたが、コンバージョンの研究会には日本に4、5人しかいない内の2人もいます。ただそれでもコンバージョンはなかなか着地しない、大変難しいものなのだと思ったことがあります。そういう建築的な行為ができるように事業化していく仕事をする田村さんみたいな人は、一体どうすれば育つのか知りたいところです。僕にはできない仕事であることははっきりわかりましたけど、どうすればそんなに経験があって謙虚でいられるのかとか(笑)。全員が全員そうなることはあり得ないし、必要もないと思いますが、大学に身を置いている立場からすると、こういうタイプの仕事をする人が、同級生に少なくとも3、4人はいるような状況にどうすればなるのかと考えます。前にも飲み屋で「どうすれば田村さんのようになれるのか」と聞いたことがあるような気がします(笑)。
それから、もうひとつ印象的だったのは、マンションの建替えプロジェジェクトには、必ず裁判がくっついてくるということです。そういう裁判等に全部つきあっているんですか?


田村――もめなければ5分の4の賛成多数で建替え決議はできますが、反対する人の中にもいろいろいて、消極的に反対の人もいれば、確信犯で反対の人もいるわけです。消極的に反対の人は、理解していないために建替えなんてどうせできないだろうと考えている場合が多い。確信犯には二つあって、一つはずっと住んでいるからここで死にたいみたいな人、もう一つは建替えでひと儲けしようというタイプです。その中に説得できない人がいる場合は裁判の手続きをします。その人の権利を買い取らない限り、建替えというステップにいたらないわけですから、必ずといっていいほど裁判になります。私が関わったものでは、直接手がけたものが三つ、一部手伝ったものが一つですけれども、二つは裁判になって二つは裁判にならなかったというくらいの確率ですから相当なものです。建替えで難しいのはそこです。建替え決議の仕組みがあるからそういう話になるわけですが、逆にそれがないとできないということになります。
私も建築の出身ですが、こういう仕事をやれるようになったのは、法律の勉強をしっかりやったことが大きいと思います。なぜ法律をやったかというと、不動産鑑定士の資格で民法の試験があったからです。これはすごく役に立ちました。建築基準法や都市計画法は公法だから行政との関わりですし、許認可をとるという仕組みは建築の人にもわかります。でも、民・民の話は、相手を説得するとか、ダメならどうするとか、裁判するとか、裁判が決着しても民事執行法でどうするとかということですから、現実に何かをやっていくためにはすごく必要になるし、また、そこまでわからないと世の中は動かないんです。私はもともと法律がやりたかったわけではないんですが、法律や土地や不動産のことを知らなければダメだと思ったきっかけは、20代の頃の地権者数79人の共同ビルでの経験でした。再開発ではなく、共同ビルをまとめるという話で当時大宮に派遣されたわけですが、建築の知識があっても商店街のおじさんと話すことができないと現場では無力なんです。要するに商売の話とか、採算がどうとか、借家がどうとか、いろいろな人がいろいろなことを言ってくるのですが、こちらはさっぱりわからないわけです。それで、建築をいくらやってもそういうことを勉強してわかるようにならないことにはしょうがないと思った訳です。私は建築出身でありながらこういうことをやっているので建築家の同年代や若い人たちとも結構楽しくつきあえます。自分で設計をやっていたら同業者になりますから、いいと思っていても一緒に仕事をするチャンスはほとんどありませんが、こういう仕事なので、一緒にやってみたい人に声をかけてやってもらうこともあります。そういうチャンスもありますが、建築のプロジェクトやコーディネートは、とにかく建築以外の異業種的な目をもたないとできないという気がします。

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