プロローグレクチャー

●究極のコンバージョン
松村──コンバージョンに関わる仕事の種類は、多様な展開がありうると思います。今日の作品のように、建築がもっているポテンシャルを生かして、「ここの壁に穴を開けたらこんなふうになる」ということを掘り出すタイプもあります。家賃が50万というような立地で成立させる場合にはある程度かけられる工事費というのがあり、そういう計画も実施できる。その一方で、家賃が取れないようなところに、ぼやっと建っているビルがたくさんあります。そのようなところでのコンバージョンのスタイルは、池田さんがおっしゃったように、布団だけもってきて住んでしまうというのに近い。そういう意味で、プロが関わらずにやってしまうほうがいいという領域もあります。それで思い出したのですが、僕が初めて見た用途変更の建物は、社員寮を高齢者用マンションに変えるというものでした。建築のプロはほとんど関わっておらず、高齢者施設をやりたいというある女性が使える不動産を探し回っていたんです。新しく建てる資金はないので空いてるビルがあったらそこを使いたいと思っているところに、空いている社宅をみつけて、自分で勝手に資材などを買ってきてスロープなどをつけていました。「老人が明るくなるように、家具はハワイで私が買ってきました」「このカーペットはインドで買ってきたけれど、ものすごく安かった」という具合に、素人なのですが、全部その人がやっていました。「このビルを買って、利用したい」「このビルに住んでみたい」という一般の人たちの行動力に勢いをつけるようなビジネスのスタイルが、今日ご紹介のあったような本格的なコンバージョンとは別にあると思います。そういうことがなければ、経済的に成り立ちそうにないビルは空いたままで、ぼやーっとした街になってしまう。池田さんが「何もしないのが究極のコンバージョンだ」と言ったのをうかがって、今の話を思い出しました。

●検査証、建て主、設計者の不在──「三重苦」を背負った建物に向き合う
池田──実は前に松村先生と議論したことなんですけれども、われわれのようなデザインのビジネスとは別に、これから本当に業務になるのはデザインをする前のお膳立てだと感じています。この建物は非常に特殊な条件下におかれていて、「三重苦」と言っていたんです。日本の場合には新築の文化が支配していますから、法的に多くの古い建物は、既存不適格という言葉の特殊な条件に置かれています。そしてこの建物の場合、検査済証が存在しない、そして建築主も死んでいない、それから設計者も事務所が廃業していないため、僕はこの建物の「三重苦」と呼びました。そういう建物は要するに「孤児」と同じです。新築が前提になっている現在の日本の建築の法律では、建てたときの関係者に責任を取らせる仕組みです。何かあったときには、検査済証はどうなっているのか、検査済証がなかったら建て主はどうしているのか、建て主がいなかったら設計者はどうしているのかというように追跡し、誰もいないとそこから先に何もすることができない。つまり、この建物に対して誰かが「孤児」を引き取らないかぎりは一歩も進むことができないんです。

國分──確認申請書と思われるものだけはあったんです。それで構造的にはこういうふうに考えていたんではないかと推測することはできたので、構造的には全フレームを解き直して元の建物の安全性が確認できました。法的な手続きはちゃんと踏むことは大前提としてあったので、最初に民間指定機関にいったんです。「こういう建物で、私たちはこういうふうに考えていて、構造的にもきちんと考えているから見てください」と言えると思ったんですけれど、「検査済証がないのなら、何にもできません」と3分で話が終わりました。とにかく役所に行ってみたら何とかしてくれるかもしれないと、そのまま構造の人と一緒に役所に行って、私たちは全然やましいところもないし、前向きにこの建物を活用しようと思っているのでどうしたらよいでしょうかと相談しました。結局、その建物は検査済証がとれていない、手続き未了ということで終わっていたんです。
その未了の状態をどうするのかについて、役所の人が考えてくれた筋道は、まずとにかく今の状態に違法な状態がないのであれば、違法な状態ではないということをわれわれが保証して、そのうえで増築用途変更の申請を出したら、そこの部分は法的には認めるというものでした。つまり、元の住居で申請した検査済証が部分の検査済証はいくらたっても完了しないけれど、元の建物部分は用途変更して入れ替えたあとで増築する。それらの部分が合法なら増築ということと用途変更という部分での申請を出して、それは通してあげましょうというストーリーを考えてくれました。それで建築主も死去していたので、建築主変更届をまず提出してリプラスが建築主になりました。それから、設計者も廃業していて連絡が取れないので、代わりに私たちがなり、著作権法上の問題が起こっても、一切私たちが責任を取りますという念書を書きました。まずはそこの手続きを変更してから、それから全部、しかも当時の、今はない旧法に照らして……。

池田──タイムマシンに乗って、18年前の確認申請をわれわれがやらないといけないことになってしまったわけです。この「孤児」を救い出すところからやらないと、このプロジェクトは前に進まないんだと考えました。法的に矛盾であると同時に、逆に言うとそれを整理して初めていろいろなことができるということですから、実はそういうところにビジネス・チャンスがあると思います。われわれ自身がそういう業務に興味があるかどうか別ですが、こういう建物はこれからどんどん出てきてしまうのではないかと思ったわけです。日本は木造で20年くらい経ったらものを壊してしまう文化で、それに基づいて法律もできていたのが、そうでもないという世の中になるにつれて、ハードウェアの問題だけではなく、社会システムの問題も含んでいるので、これからこうした続出する「孤児」を助け出すシステムを誰かがビジネスにするだろうし、そういうビジネスが成り立っていくと思いました。

松村──「孤児」の素性を確かめて「このビルはちゃんとした建物だから、あなたの事業で使ってください」と人に渡すということですね。

國分──「孤児」のいいところを伸ばして、育て上げるのを建築家の仕事にしたいところです。

●コンバージョンの事業性
池田──これと並行していくつかコンバージョンしたらどうかという建物を見ました。もともと社員寮だった建物や建設設備会社の本社だった建物などいろんなものを見て、事業性という側面からこの作品のようにはならず、ゴーサインが出ませんでした。この建物には、やはりポテンシャルがあったのだと思います。今日説明した階高やスキップフロアは、不動産屋にとってはあまり価値がないから幽霊ビルになってどんどん値段が下がる。それに、われわれが手を入れることによってストーリー性をもって価値を生むから、商売としてプロジェクトが成立するわけです。そういう点を普通のビルでも見つけられればいいのでしょうが、そういうものがないと結局、売っている値段と、リニューアルされたときの値段の差が大きくならないからプロジェクトにゴーがでないと。

國分──ほかのコンバージョンの例を見たりスタディもして、やはりこの建物がいけるなと思った理由は、コンバージョンした後の顔がつくれたということです。松村先生がふわふわと建っているビルとおっしゃったんですけれど、他のコンバージョンの例でもみなそういう感じでした。またコンバージョンしてこのように変わりましたと言うことができたとしても、路地裏の奥のよくわからない、ふわふわした感じのところにあって顔がないという場合もありました。事業性という意味では、そういったことがすごく大事です。お金を出してこうやろうと思っている人に、この建物はこういうふうになりますとパースを見せて納得してもらうわけですから、事業性という観点はすごく大事だと思います。

太田──僕の事務所に、外国人のゲストハウスをつくりたいけれど、コンバージョンでどうだろうかという依頼がくるんですけれど、急いでいる場合が多い。顔がつくれるということと関係があるかと思ったんですけれど、話を持ってくる人は、わりと延命措置ととらえている部分があります。今日の作品は確実にパワーアップしたことがわかるんですが……。

池田──スピードの問題は非常に重要です。

國分──新築もやりたいけれど、こういった建物を壊してはもったいない、生かせないのかという話がコンバージョンの最初の段階であるのですが、先ほどの建物を地下も全部解体して、それを新築すると半分くらいの時間で済むわけです。家賃収入の観点からするとリターンがそれだけ早いということで、投資のお金が入るところでは、早くリターンがほしいわけです。それに対し新築はリスクが大きくて、2年後に本当にそういう立地条件で家賃がまわるかということはわからないので、外国の建築家などは今あるものを買うんです。それで彼らはその中間の存在として、事業的にもコンバージョンというのも成立するということで、スケジュールは新築に比べて本当に厳しい。新築は地下を掘っているときに、サッシュ、ディテールなどを考え直しますが、コンバージョンの場合はもう最初の定例で、「来週サッシュを承認しないといけない」という話になる。

太田──実際、工期はどのくらいの期間ですか?

國分──4カ月です。

池田──近隣に迷惑かける期間も短いし、いいところもあります。こういうプロジェクトに最近関わってくれるのは金融会社が多いのですが、不動産を金融商品としてみたときに、新築物件というのは不確定要素ばかりが大きくて金融商品としてはリスキーだという話になってしまいます。それに比べると、目の前にあるものが来週値上がりするというほうがわかりやすいので、彼らにとってコンバージョンのほうが金融商品として可能性があるということだと思います。ただ、それでも有りものを売り買いするのに比べれば、4カ月でも長いようです。

太田──工期のスピードに関係して、技術的にこうやると早いというような発見はありましたか?

國分──発見というより、どちらかというと失敗話ですが、壊す段取りを圧倒的に間違えました。揚重の関係で、ドライエリアを掘る前に屋根を架けるという順番でやったのですが、ドライエリアを先に掘って屋根を架けたほうがあとから考えるとよかった。

池田──ドライエリアを最後に掘ったんです。他のものが全部でき上がってからドライエリアを掘り始めたので、地下を一番最後にするという不思議な段取りです。ドライエリアを先に掘ってしまうと、そこにクレーンが載れなくなり、にっちもさっちもいかなくなるから最後に掘りたいと考えたからです。だけど、後になって少々違ったのではないかと反省しました。でもその段取りでやったら別な問題がおきたのかもしれないのでなんとも言えないけれども、ほんのちょっとした段取りがかなり大きく影響してくるということです。

國分──構造的には、開口をあけてもそこの開口補強に、スパイラルの配筋を通したり、増設する壁の配筋はケミカルアンカーでとるほうがいいのか、それともやはり元の配筋にある程度したほうがよいのかといった問題もすべてその都度判断していきました。最初全部カッターで鉄筋を切って構造の人に怒られて、そのあとは全部配筋を残してはつるという感じになったので、そのあたりは全然システマチックにはできなかった。私たちの設計を理解して、工事を進めるというようにはなっていなかったと思います。

●文化としての建築 槇文彦に学んだこと
池田──「敷地としての建築」というタイトルに戻るのですが、以前僕は槇文彦さんの事務所にいましたが、まだ槇さんの影響から脱皮できていないんではないかとも思っています。というのは、結局僕らが教わったのは、いかに空間の元々もっているもの、時間のなかに埋め込まれているコンテクストをときほぐして、どのように生かすかということでした。当時は敷地のことだと思い込んで聞いていたのですが、今回それは敷地だけではなくて、われわれが文化として建築をやっていく全体のことだったと気がつきました。そういう意味では、むしろ連続した感覚のなかで、この仕事もやらさせていただいていると思います。もちろんコンバージョンだけではなくて、新築の設計もやっているのですが、新築の場合でも、われわれ自身のアイデンティティはそういうところにあると思っています。特殊な条件の敷地や敷地にまつわる歴史的な話が、これからつくるものにどういうふうに連関していくのかというところにもっとも興味があることは変わらないと思います。

國分──学生時代も槇事務所にいたときも、コンテクストというのは、敷地とか歴史のことだと思い込んでいたのですが、設計をしていて、コンテクストというのはもっと広がりがあり、時間や都市生活、ライフスタイルまで含み、同時に敷地に自分たちが建てるものによってどういう影響があるのか、どういう新しい価値を付け加えられるということだと思うようになっています。

松村──最後になりますが、今後このフォーラムでは10回にわたって既存の建物をリノベーションする話を議論し、新築の話はまったく出てこないわけです。その場合、例えばローマの状況を想像したら非常によくわかるのですが、ローマには新築はまったくない。それでは槇文彦さんみたいな建築家はいないかというと、いるわけです。その建築家の仕事は新築ではなく、すでに建っている建物に対してどのように働きかけ、どのように今ある環境をより豊かなものにしていくかという仕事が100パーセントです。私の知っている範囲では、日本の建築家でオフィスから住宅へのコンバージョンの仕事をやられたのは池田さんたちが初めてです。ですからほかの建築事務所に行っても「コンバージョンをやっています」という話は絶対に出てきません。これまで日本では100パーセント新築でやってきたのですが、ローマのような状態になっていく時代の転換期にあるなかで、リノベーションやコンバージョンの意味について議論を重ねていきたいと思います。

[2004.05.28 INAXにて開催]

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