レクチャーセッション

リノベーション/イノベーション
難波──難波和彦です。東京大学大学院工学系研究科で建築デザインを教えています。専門分野はサステイナブル・デザインです。このリノベーション・フォーラムを始めるにあたって、最初にリノベーションの定義について簡単にお話ししたいと思います。
まずリノベーションの反対語はイノベーションです。すべてをゼロから始めるというのがイノベーションですから、その反対がリノベーションであるという定義ができます。つまりゼロではない、既に存在するものを前提にして何かを生み出すのがリノベーションと言えるでしょう。僕の考えでは、リノベーションの上位概念にサステイナブル・デザインがあります。サステイナブル・デザインには、リノベーション以外に、イノベーションだけれども省エネや長寿命などを考えたデザインが含まれます。
一方、リノベーションの下位概念には、コンバージョンやリユース(再利用)、あるいは保全といった概念があります。こういう風に考えてみると、既に存在するものをどう活かすかという発想をとらざるを得ないという意味で、現代の建築・都市のデザインはすべてリノベーションであるというもっとも広い定義も可能だと思います。
僕が教えている大学の設計課題では、これまでのようにビルディング・タイプの課題をゼロの敷地に設計させるようなやり方はやめて、敷地にはすでにそこに何かが存在しているという前提でデザインする課題に限定しています。つまりコンテクストを必ず読むことを前提条件にすることも含めて、リノベーションを一種の設計の態度のようなところにまで定義を拡大してもいいのではないかと考えています。

●「利用」から発想する
松村──東京大学で建築構法、建築生産を研究しています。このフォーラムではリノベーション、あるいはコンバージョンに関して、難波先生と太田さんと私とでゲストを招いて議論を進めていきます。今日は池田靖史さんと國分昭子さんにいらしていただき、お話をうかがえると楽しみにしています。
私自身も1990年代の半ばくらいから既存の集合住宅の再生、特に日本以外の国でどのようにやっているのかということを調べてきました。ここ数年は、難波先生たちと「建物のコンバージョンによる都市空間有効活用技術研究会」を組織して、空きオフィスを住宅に変えるコンバージョンの研究をしてきました。 既存の建物を別のかたちにするリノベーションやコンバージョンについてですが、これまでは新築だったけれどもこれからは建物のリフォーム改修の工事だという理解だと膨らまないと考えています。企業も業域を考えていくときに、フレーム自体も変えていかないといけないのではないか。あるいは、フレームを変えることによって、もう少し広がりをもてるのではないかと考えています。
僕自身の研究領域、あるいは建築学の分野なども変わっていく可能性があると考えているんですが、そのときのキーワードは「利用」だと思います。当然建物は利用されていますけれども、今までは「利用」から発想して何かをするのではなく、建物を建ててしまってから「利用」する、あるいは「利用」はある程度想定しているけれどとにかく建ててしまうというものでした。ところが、既存の集合住宅の再生などの分野では、今そこに人が住んでいて、それをなんとかしたいということです。つまり、これをどのように利用するか、利用の仕方に合わないところをどうするかというように利用者の発想でものごとが動いていく。
今までは建て主や土地を持っている人を相手にしていればよかったわけですけれども、そうでなくて今後問題になるのは、利用者の力や発想、あるいは利用者の投資、資金をどのようにして膨らませながら仕事にしていくかという構想力の問題だと思います。ですから、単にそれはリフォームや既存の建物をいじる、つまり工事の種類が少々変わっただけという捉え方ではまったく膨らまない。むしろビジネスの相手が変わっていく、あるいは利用に近いところから発想していき、最後に建築の工事もあるという方向で考えるのはどうだろうか。
これはまだ考えている途中なのですが、直感的にはかなり正しいと思っています。今後そういう観点からもこのシリーズをお聞きいただいたほうがより楽しく、豊かになると考えています。

●都市の再生の最先端へ
太田──「21世紀COEプログラム」のプロジェクトで東京大学に去年できました国際都市再生研究センターに特任研究員として籍を置いております。同時にデザイン・ヌーブという事務所で設計も行なっています。今日も現場からきたのですが、築30年のマンションの10階の部分を改装中で、スケルトンになったところです。
私は設計をしながら、都市再生について研究しているわけですが、国際都市再生研究センターはサステイナビリティをベースとして今後の都市について研究するセンターで、そこで難波先生や松村先生と議論させていただいています。 私はコンバージョン、リノベーションは都市再生の問題だと思っています。その具体的な例は何がよいかなと思っていたんですが、私が高校生のときに、『フラッシュダンス』という映画が流行りました。主人公のジェニファー・ビールスが鉄工所でバイトをしながら倉庫の一角を借りて、そこでダンスの練習をしているという映画で、つまり鉄鋼産業が傾いていく都市の、あまり使われていない地域、これをブラウン・フィールドと言いますけれども、余った大きな倉庫に若者が住み込んで明日を夢見るという話でしたが、今思えば、それが僕のコンバージョン初体験ではないかと思うんです。
コンバージョンやリノベーションというのは、ライフスタイルとたいへん関係があると思います。古い家を改装してまで、新しい生活を作ろうとする。建物を自分の思うように変えようとする情熱は新築の建物と違う情熱だと思うんです。都市をうまく読み替えるという工夫が必ず必要で、それは都市再生の最先端の実験の現場のように思います。それは特に日本の地方都市では切実な話で、人が市街地にいかに人を呼び戻すかということは今後の社会においては避けられない議論でしょう。一方で技術的な問題、それから経済的な問題がありますが、もう少し社会的なバックグラウンドを踏まえた議論ができると思っております。

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