Renovation Archives[104]
●美術館
[ウィスキー樽貯蔵庫]
ジャン=ミシェル・ヴィルモット+鹿島建設《メルシャン軽井沢美術館》
取材担当=加納浩史(三重大学大学院)
概要/SUMMARY

左:改修前外観(美術館棟)
提供=メルシャン軽井沢美術館
右:改修後外観(美術館棟)
メルシャン軽井沢美術館は、メルシャンが運営するウィスキー蒸留所の樽貯蔵庫群を改修して、1995年に開館した美術館である。この美術館では、RMN(フランス国立美術館連合//フランス国内の美術館が33館加盟)と連携しており、年間2〜3回、ヨーロッパを中心とした近・現代美術の展覧会を開催している。また、RMNが開発したミュージアムグッズを直接輸入し、販売している。敷地に併設されているメルシャンプラザでは、ウィスキー蒸留所への案内ツアー、ウィスキー・ワインの試飲を行なっているほか、キリングループを中心とした酒類製品、長野県の食品などの販売を行なっている。

美術館への改修は、フランスの建築家ジャン=ミシェル・ヴィルモット氏が手掛けた。ヴィルモット氏は、美術館の会場構成や、文化財指定建造物など既存の建造物を活かした近代建築の設計を得意とする設計者である。改修では、白樺やカラマツなどの林が広がる庭園と蔦に包まれた蒸留所独特の佇まいとを大切に継承していくことが決められた。考えられた美術館のコンセプトは「1つの村=ヴィラージュ」というものである。
2棟の樽貯蔵所が改修され美術館棟とミュージアムショップ棟に、樽の修理場が建て替えられてエントランス・事務所棟となった。そこに加えてウィスキー・ワインを販売するメルシャンプラザが新設されている。メルシャンプラザの2階には、レストラン「エルミタージュ・ドゥ・タムラ」が入り、広々とした庭園のなかで美術と食事が楽しめる、ゆったりした雰囲気の美術館になっている。
設計概要

所在地=長野県北佐久郡御代田町馬瀬口1799-1
用途=美術館 [ウィスキー樽貯蔵庫→美術館]
構造=壁面:鉄筋コンクリート造 / 屋根:鉄骨造
規模=地上2階建て
敷地面積=約33,000平米
建築面積=美術館棟(旧ウィスキー樽貯蔵庫):約815平米
・ミュージアムショップ棟(旧ウィスキー樽貯蔵庫):約480平米
・エントランス・事務所棟(旧樽製造所):約270平米
・ワインショップ・レストラン棟(新築)1階:約330平米/2階:約152平米
延床面積=約2,047平米
竣工年=1995年
設計=ジャン=ミシェル・ヴィルモット+鹿島建設
施工=鹿島建設+北野建設
築年数=25年
管理運営主体=株式会社メルシャン軽井沢美術館

エントランス

改修前内観(現・美術館棟)
提供=メルシャン軽井沢美術館

改修後内観(美術館棟)

各施設配置図
提供=メルシャン軽井沢美術館
施工プロセス/PROCESS
BankART桜荘 BankART桜荘 改修した建物の外壁には、蔦による植栽が施されており、5月には新緑が、10月には紅葉が美しい。この蔦は、改修の後に植えられたものではなく、ウィスキー樽貯蔵庫の頃から植えられていたものだ。ウィスキーの熟成において、夏場の高い気温は大きな敵となる。蔦は、主に南面に植えられており、夏場の強い日差しを遮り、貯蔵庫の厚い壁と併せて、室内の気温を一定に保つのに寄与していた。改修においては、この蔦のもつ独特な景観が大切にされ、蔦を這わせたまま開口部を設けるという工事が行なわれた。カフェの窓からは、蔦のつくる木漏れ日を通して、庭園とその向こうに建つウィスキー蒸留所が眺められる。
美術館棟では、1スパン分壁面を後退させ、ポーチを設けている。空調設備とセキュリティ設備を更新し、美術品を守る配慮もしっかりなされている。

ウィスキー蒸留所の敷地には、樽貯蔵庫がいくつか分散して配置されていた。この状態を効果的に活かすために、建物そのものの改修に加えて、外部空間の設計にも大きく配慮されている。従業員が使用していたというテニスコートは、なだらかな起伏をもった芝生広場に造成された。これは、起伏をもった広場をつくることで、敷地の中で遠近感を生むことが意図されている。
敷地の中心に位置するミュージアムショップは、中央に広い吹き抜け空間をもつ2階建てのプランとなっており、吹き抜けの周囲を回廊のように巡ることができるようになっている。エントランス・事務棟を通り抜けてきた来館者は、この吹き抜けの広いショップを通って、2階に上り、2階の出入り口から外部に出て、美術館棟に向かうというアプローチが設定されている。この構成は、ミュージアムショップ棟が南側の平坦な地形と北側の小高い丘の間に挟まれている立地を利用したものである。周囲の地面の高低差を利用し、いくつかの出入り口を違う階に設ける。こうすることで、来館者は内部空間を見上げたり見下ろしたりという視界の変化を楽しめるのである。この来館者の目に映る空間の印象の多様さによって、内部と外部を行き来し建物間を回遊する平面構成が単調にならず、来館者はこのショップ棟を基点として、美術館全体を巡り歩くことができるのである。
左:ミュージアムショップ外壁
右:カフェ
BankART桜荘
左:庭園からみたエントランス・事務棟
右:ミュージアムショップ内観
現状/PRESENT
左上:樽をつかって制作された彫刻作品
右上:ミュージアムショップ外観
左下:庭園
特記以外は筆者撮影
■メルシャン軽井沢美術館では、展覧会のみならず、イヴェントやワークショップも開催され、多彩な活動が行なわれている。軽井沢各地の会場で行なわれる音楽の祭典「軽井沢八月祭」では、美術館棟を会場としてヴァイオリンなどのコンサートが開かれた。東京藝術大学との共同プロジェクト「彫刻・林間学校」では、浅間山を望む庭園において彫刻作品の制作・展示が行なわれた。これらの作品は、2008年8月から1年間展示され、四季折々における自然と彫刻の関係が楽しめるものとなっている。また、参加アーティストによるワークショップも開かれ、見るだけでなく自らが参加できる文化活動も行なわれた。このような事業は、展覧会と共に音楽や創作活動も楽しむことができ、この美術館をゆっくりと落ち着いて過ごせる場所にしている。

美術館のコレクションを所有せず、企画展のみを行なうという運営方法は、たいへんめずらしいと感じる。企業が運営する美術館は、オーナーのコレクションを展示することが美術館設立の目的となる場合が多いように思われるが、メルシャン軽井沢美術館の運営方法は、文化の発展に寄与したいという主催者の希望がよく表われている。日本ではあまり鑑賞する機会のない貴重な作品を見ることができる企画展を開催している点は高く評価でき、美術館が多い軽井沢周辺においても他の美術館とは区別されたたいへん特徴的な美術館といえる。

既存の環境を適切に読み取り、それを反映したコンセプトとそのコンセプトを実行する具体的手法、そのコンセプトを受け継いだ運営や事業が行われている。こういった一連の活動が、この美術館を特有のものとさせ、落ち着いた空間を楽しむことができる「1つの村」としているのである。
(加納浩史)
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