Renovation Archives [094]
●専用住宅+アートギャラリー
[専用住宅]
《とたんギャラリー》
取材担当=山口雄一
概要/SUMMARY
設計概要
所在地=東京都杉並区成田東4-3 公団阿佐ヶ谷住宅25号棟4号室
運営主体=とたんギャラリー実行委員会(代表=住民、大川幸恵)
用途=専用住宅→専用住宅+アートギャラリー
構造=木造
規模=地上2階
・展示室総面積=約35.88平米(1階リビング、和室、キッチン、バスルーム、玄関、廊下、階段室、2階踊り場)+専用庭
・居室部分(1階リビング、和室)約27.47平米
・その他8.41平米
竣工年=ギャラリーオープン:2006年10月1日(既存:1958年)
企画=とたんギャラリー実行委員会
設計=既存:前川國男建築設計事務所
現状:前住民により一部リフォーム・増築


団地風景
撮影=大川幸恵
杉並区成田東にある、築49年の公団阿佐ヶ谷住宅のうち、テラスハウスの一軒を、住人が住みながらアートギャラリーとして利用している事例である。
公団阿佐ヶ谷住宅は、1958年に竣工した全戸数350世帯の分譲集合住宅である。全体計画は旧日本住宅公団(現・都市再生機構)が行ない、テラスハウスは建築家・前川國男が担当した。敷地内には、RC造の中層棟と木造のテラスハウスが、いくつかの広場を囲むように余裕を持って配置されている。49年という長い時間をかけて団地内の樹木は大きく成長し、住宅地とは思えないほどの緑豊かな空間をつくりだしている。
個人住宅や社宅として住まわれてきたが、2007年中に再開発されることが決まったのを契機に、この素晴らしい空間をもっといろいろな人に知ってもらいたいと想いから、取り壊されるまでの間の期間限定で、アートギャラリーとしてオープンすることになった。
阿佐ヶ谷住宅配置図
作成=大川幸恵
左:とたんギャラリー外観(入り口から)
右:同、外観(庭から)
ともに撮影=望月研
施工プロセス/PROCESS

既存住宅平面図
作成=大川幸恵
『TOTAN GALLERY PEOJACT』
とたんギャラリーでは、アートを媒介として「建築の終わり」を考えており、一組の作家につき最大2週間のエキシビションを主軸に活動を展開している。できるだけ異なるジャンルのアーティストを誘致しており、2007年2月現在までに紙袋作家、写真家、建築家、彫刻家、現代美術家、画家らが個展を行なった。作家は以下の4つのコンセプトを考えながら作品を制作、展示している。

・場所性と終わりを考える
・住まい及び団地というフィールドを使う
・人と人、時間の重なりを実体化する
・プロジェクトそのものがひとつのインスタレーションである

さらに、個々の作家がレイヤーとして捉えられ、その重なりによって、作家同士のコラボレーションや空間の記憶、日常生活とアート、場所性等を考えて、体験する場を提供し、またそれらを記録するために、以下のルールが設けられている。

・原則、現状復帰は行なわない
・参加アーティストは、エキシビション終了後、1点以上作品を残す
・次作家は前作家の作品をどのように扱ってもよい
・ギャラリーの主催者でもある住人は、一切作品に手を入れることはできず、増殖していく作品たちとともに暮らす

また、とたんギャラリーウェブサイトでは、エキシビションごとのページと、ギャラリー内の定点観測によって、日々の記録を発信している。

ギャラリー平面図
作成=大川幸恵
左:既存リビング
右:既存和室
撮影=望月研
左:既存風呂
右:既存2階書斎・寝室
撮影=望月研
▼エキシビション
2006年10月1日(日)〜2006年10月12日(火)
大滝由子「ECOUCO」
紙袋作家大滝由子氏によるエキシビション。美しく彩色された鳥や猫の形をしたかわいい紙袋たちが、家中に展示された。普段何気なく使い捨てにしてしまう紙袋に、"捨てるに捨てられない"という付加価値を作りたかった、というのが制作のきっかけ。

「ECOUCO」展示風景
撮影=大川幸恵
2006年10月14日(土)〜2006年10月29日(日)
hana写真展「全窓全開」
写真家hana氏が、阿佐ヶ谷住宅の今を記録した写真を展示したエキシビション。訪れる人々の顔が毎日ピンナップされて増殖していった。家の吹き抜け部分に描かれた大きな配置図に、過去撮りためた写真を作家がマップとして日々、貼っていった。

「全窓全開」
展示風景
撮影=松本光
2006年11月12日(日)〜2006年11月26(日)
トラフ「MIZUITO」
若手建築家ユニット・トラフによる、空間インスタレーション。工事現場で使う水糸が家中に敷き詰められ、訪れた人々の軌跡を床面に描きだす。その形は人が訪れるたびに絶えず変化し、固定した形をもたない、流動的な存在である。水糸の長さは17,520m。阿佐ヶ谷住宅の48年間を1日1mとして換算した長さである。

「IZUITO」展示風景
撮影=望月研
2006年12月10日(日)〜2006年12月24日(日)
元木孝美「日彫展」
日常生活をテーマに、トタンによる彫刻作品をつくる元木孝美氏のエキシビション。トタンで作った家型の彫刻作品が、室内から屋外まで一直線に貫き、室内を分断するように展示された。日々、住み手と作家がぶつかり合うという事態も起こった。

「日彫展」展示風景
撮影=望月研
2007年1月7日〜2007年1月21日(日)
阿部岳史「GHOSTS-幽霊たち-」
見慣れた風景や人の記憶のような曖昧で不鮮明なものを、小さなキューブの配列で表現する阿部岳史氏。今回の展示では、会場であるテラスハウスの代々の住人を、幽霊のように家中に浮き上がらせた。

「GHOSTS-幽霊たち-」展示風景
筆者撮影
2007年2月3日(土)〜2007年2月18日(日)
淺井裕介 『刺繍のワッペン』
画家の淺井裕介氏による、マスキングテープと油性ペンでつくられる「マスキング・プラント」やドローイングを展示したエキシビション。滞在制作型で公開前に9日間制作を行い、その後も徐々に手が入れられていった。最終的に空間全体がマスキングプラントによって、ジャングルのようになった。

刺繍のワッペン
筆者撮影
▼イベント、ワークショップ
とたんギャラリー実行委員会が中心となって単発のイベント、およびワークショップを開催している。また各エキシビションの開催中には、作家とのワークショップも開催されており、訪れる人々と作家が積極的に交流できる。

▼○○の終わり
アートとは別の媒体で、終わりについて考えるきっかけを提供しようという企画。アーティスト、建築家、社会学者、評論家、ライターなど、さまざまな専門分野の方々に物事、現象、もの、人など「何かの終わり」を考えるテキストを執筆して頂き、とたんギャラリーウェブサイト上に蓄積していく。
現状/PRESENT

左上:残された作品
右上:作品の重なり
下:近所の子供たち
ともに筆者撮影
■開廊から4カ月余が過ぎて、来館者数は2,000名を超え、ギャラリーの中には徐々にエキシビションの記録が蓄積されてきた。誘致した作家たちは、各々がこのギャラリーの魅力を感じ取り、このギャラリーでしかできない独創的な制作、展示を行なっている。次々と入れ替わるエキシビションによって、ギャラリー内は絶えず更新され続けており、残された作品群によって、その蓄積が見て取れるようになってきた。
印象的なのは、展示が充実し、遠くからわざわざエキシビションを見に来るお客さんがいる一方で、近所の子供たちがやって来て作品に囲まれた和室でマンガを読んでいたり、晴れた日には、常連さんが庭のテーブルでお茶を飲みながらぼーっとしているという風景が、日常的に見られることである。ここでは、新たに挿入されたアートギャラリーとしての機能が、外から人を呼ぶ手段となっている一方で、阿佐ヶ谷住宅のテラスハウスにおける日常を際立たせるような役割も果たしている。つまるところ、訪れた人々が見ているのは、実は阿佐ヶ谷住宅のごくありふれた日常である。
いずれなくなってしまうことが決定している住宅において、「建築の終わりを考える」というのは、リノベーションの持っている建築の再生という側面とは合致していない。しかし、次々と入れ替わっていくアーティストによって住宅内部が日々更新され、それがきっかけとなって多くの人々が訪れている様は、空間のリノベーションと言えるだろう。本事例では、既存の住宅に対してアートギャラリーという新たな用途を挿入することによって、建築の終わり際を考えるきっかけを与えるという、リノベーションの側面を垣間見ることができる。
(山口雄一)
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