Renovation Archives [071]
IKEJIRI INSTITUTE OF DESIGN
●テナントリース、創業支援、施設貸出、ワークショップ会場
[旧区立中学校]
IID(世田谷ものづくり学校)
取材担当=福田啓作(東京大学大学院)
概要/SUMMARY
設計概要
所在地=東京都世田谷区
用途=テナントリース、創業支援、施設貸出、ワークショップ会場(以前は中学校)
構造=RC造
規模=地上3階
建築面積=3,343平米
改修=2004年8月〜現在
設計=アールプロジェクト(株)

世田谷ものづくり学校入り口ロゴ


ファサード


玄関を外より眺める


旧下駄箱。現在は入居者への郵便物が届けられるポストとして利用されている

すべて筆者撮影
■2004年3月をもって廃校となった世田谷区立池尻中学校の校舎を利用した、都内初の民間による廃校のコンバージョン事例である。
池尻中学校の廃校決定後、その新たな利用/使用方法に対して100余りのプランが寄せられたなかで、当時IDEE社長の黒崎氏らによる積極的な世田谷区議会への働きかけ等が功を奏し、2004年7月末に賃貸契約が成立。世田谷区からアールプロジェクト(株)への5年間定期借家契約という、期限付き賃貸のもとでの運営形態を採りつつ、「世田谷らしい新たな産業と観光の拠点を育てる」「創業に関する支援を行なうとともに、創業の場を提供する」「ものづくり体験と交流の場を提供する」という、3つのテーマを主軸に「事業として成立する仕組み」を目指してさまざまな試みが行なわれている。
IID(世田谷ものづくり学校)を、その構成スペース別に見ると、主に「インキュベーションスペース」と呼ばれる創業支援スペース、及び「ワーキングスペース」と呼ばれるオフィススペースから成り、入居者は創業事業者、企業、NPO、アーティスト、デザイナー等さまざまな業種の「クリエイター」が集まり、また施設の構成としては、教室、プレゼンテーションルーム、ミーティングルーム、カフェ、パン工房、ギャラリー、オフィス、スタジオ等、「デザインとものづくり」という共通のテーマを持った複合施設となっている。IID主催のワークショップが開催されたり、また、ここを会場にして、スクーリング・パッドと呼ばれるセッション形式の授業などもあり、一般の利用者にも開かれた施設となっている。
施工プロセス/PROCESS
躯体を含めた、建物のハード部分については大幅に手が加えられているわけではない。水洗場等は当時そのままの面影をとどめ、学校独特のスケールもそのままに残されているものの、ハード面主導のリノベーションというよりも、むしろさまざまな入居者や利用者等によって、日々リノベーションされている、と考えた方が適切である。例えば、現在GO SLOWカフェが入っている部屋は旧保健室として、テキスタイル&グラフィックデザイナー、アリタマサフミ氏とその仲間たちによるARITA MASAFUMI ×ARTWORK STUDIOオフィスは旧校長室として、オーストラリアのPORTER'S PAINTSオフィスは旧給食配膳室として、また7つのアトリエ系建築事務所がシェアする204建築のオフィスは旧理科室として、それぞれ利用されている。さらに、壁面にはその都度行なわれているイベントや展覧会のポスターが貼られ、また入居者であるPORTER'S PAINTSのワークショップなどによってペインティングが行なわれている。通常の賃貸契約では原状回復義務が課せられるが、世田谷区とものづくり学校の間で条例を制定することにより、使用に際しては、間取りや内装変更の裁量が使用者に与えられている。
左:旧保健室内観
右:GO SLOWカフェの内観

左:旧校長室内観
右:アリタマサフミ氏と
ARITA MASAFUMI×ARTWORK STUDIO内観

左:旧給食配膳室内観
右:PORTER'S PAINTS内観
左:旧理科室内観
右:204建築内観
左:旧教育相談室
右:みづゑ教室。絵とものづくりの教室。週末を中心にさまざまなものづくりのワークショップが行なわれている
以上、提供=IID(世田谷ものづくり学校)
3階の壁面
筆者撮影
現状/PRESENT

左:入居者であるリムラムデザイン林修三氏の「niji-zou exhibition」京都展のポスター
右:正門を入ってすぐの場所に置かれた巨大な椅子。東京デザイナーズブロックに出品されたもの
左:204建築オフィス前の廊下に設けられた新春建築家賀状展の様子。会場を訪れた人が正の字で投票する仕組みになっている
右:1階廊下。アリタマサフミ氏のビジネスパートナーであるARTWORK STUDIOの作品のシャンデリアが掛けられている
すべて筆者撮影
■R-projectの基本コンセプトにもあるように、この建物は“R”をキーワードに、既存の建物、しかも学校というパブリックな性格を持つ建物をReuse、Recycleし、その潜在的可能性を、地域に開かれたコミュニティの場としてRecreateした上で、さらに、そこから新たな価値をRenovation(刷新、革新)することを目的としている。しかし、それらコンセプトの基幹にあるのは、経費回収を視野に入れることの無い単純な理想主義ではなく、事業性/収益性を見据えたビジネスとしての戦略である。
なぜ戦略が必要なのか? それは、運営主体がアールプロジェクト(株)という民間企業に依っているというだけでなく、5年間という期限付きであることが、その主要因として挙げられるだろう。通常のテナントビルを想定した場合、運営/管理の側面において、5年という短期間で実質的な成果、言い換えれば利益を挙げ、かつ行政との共同によるモデルプランとしての成果を期待されることは、皆無に等しいであろう。この事業に対して融資を行なった日本政策投資銀行が、評価の要因に「SOHOコンバージョン事業における融資第1号」であることを挙げている事実を参照しても、その先行事例としての期待の大きさが伺える。こうした期限付きの事例においては、期限を見据えた短期及び中長期的な戦略が必要不可欠であり、この意味において、アールプロジェクト(株)というチャレンジングな民間企業が主体であることは功を奏しているように見える。
しかし一方で、世田谷区の協力を受け、例えばIID制作によるフリーペーパーが、月に5000部に渡って区内の出張所や図書館、美術館等に置かれ、また月に1度区報にワークショップやイベントの告知が掲載される等、民間単体による運営では決して得ることのできない流通経路を獲得している。
民間企業という運営主体と自治体との関係、及び「学び・雇用・産業」というテーマがどのような相乗効果を生み出すことができるのか? IIDは、昨年度の入館者数が約36000人、同時に国交省及び(財)みらい推進機構による平成17年度土地活用モデル優秀賞を受賞している。学校の統廃合がますます進むなかで、民間主導による公有資産の有効活用モデルケースとしてのみならず、多様なコミュニケーションを受容することでさまざまな「ものづくり」を誘発する場所として、IID(世田谷ものづくり学校)は正に先駆的な好例と言えるだろう。
(福田啓作)
Archives INDEX
HOME