Renovation Archives [057]
株式会社三四五建築研究所(稲葉實、矢後勝、島崎勉)
●美術館
[発電所
入善町下山芸術の森 発電所美術館
取材担当=村井一
概要/SUMMARY
設計概要(アートスペース=美術館部分のみ記載)
所在地=富山県下新川郡入善町下山364-1
用途=美術館(以前は発電所)
構造=鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造
規模=地上2階
敷地面積=14,417平米
建築面積=558.09平米
延床面積=678.35平米
竣工年=1995(平成7)年、既存:1926(大正15)年
企画=入善町
設計=株式会社三四五建築研究所
施工=廣川建設工業株式会社
■役目を終えた水力発電所を美術館へと転用した事例である。
北陸電力は1990年に老朽化した黒部川第二発電所(1926年建設)の取り壊しと代替発電所の建設を発表した。しかし、築70年近く経ったレンガ造の倉庫の歴史的価値を認識していた当時の入善町長・柚木春雄氏は保存の必要性を感じ、北陸電力に無償譲渡の要望書を提出した。そしてこれが合意に至ったことで計画がスタートした。1992年には「下山文化の森整備検討委員会」が発足し、発電所と周辺の自然環境を利用した芸術施設への転用の検討が始まった。そしてできるだけ手を加えずに、発電所の雰囲気を残せないかと検討した結果、工場のような大空間を持った現代アートの制作空間へと利用のイメージが収斂していった。
設計をてがけた三四五建築研究所は、企画段階からこの計画に参加し、1993年から5年間に渡って発電所をはじめとした一連の改修を行なった。また、エントランスゲート、回廊、公園の整備は、富山県が主催する「まちのかおづくり事業」の一環として、スペインの建築家、エリアス・トーレス氏と共同で行なわれた。三四五建築研究所代表の稲葉實氏は「関係する人々が互いを尊重しあうことで、響き合うような関係を持てた」と当時を振り返る。
上:手前からアートスペース、レストラン、展望塔
下:三機あった発電機のうちの一機を保存している。写真左端の円形の鋼管は導水管をカットしたもの
施工プロセス/PROCESS
黒部川第二発電所は、高低差23メートルの河岸段丘に位置しており、既存躯体はその上下に建てられた水量監視棟と水力発電所であった。また、斜面には巨大な導水管が走り、その2棟を繋いでいた。改修・整備は5年間にわたって行なわれた。
配置図:
左側からゲート棟、彫刻広場、アートスペース、回廊、レストラン、展望塔、アトリエ棟、宿泊棟
1994年
・建屋西側の排水路を埋め立て、彫刻広場を整備

1995年
・発電所をアートスペースへと改修。屋根の葺き替え、サッシの取り替え、小屋組の補強、2階展示ステージの増床、発電機の一部撤去などを行なう
[構造:RC造(一部鉄骨造)、建築面積:558.09平米 延床面積:678.35平米]
・水量監視棟をレストランへと改修。展望デッキを付加
[構造:RC造(一部木造)、建築面積:96.17平米 延床面積:96.17平米]
・展望塔を新設。水量監視棟東側の沈砂池を展望広場に整備
[構造:RC造]

1996年
・アトリエ棟を新設
[構造:RC造、建築面積:270.14平米、延床面積:237.17平米
・宿泊棟
[構造:木造、建築面積:51.38平米、延床面積:71.55平米]

1998年
・導水管横の既存階段に屋根を新設(まちのかおづくり事業:エリアス・トーレス氏基本設計)
[構造:木造、建築面積:107.55平米]
・ゲート棟(まちのかおづくり事業:エリアス・トーレス氏基本設計)
[構造:木造、建築面積:136.58平米、延床面積:95.15平米]
現状/PRESENT

左:アートスペース前の彫刻広場。かつては発電機からの水を処理する排水路だった
右上:導水管とアートスペース、眼下には扇状地が広がる
右下:展望デッキが付加されたレストラン棟。右手に見えるのは敷地隣に新設された代替発電所

左:水量監視棟を改修したレストランの内観
右:かつて稼働していた3機の発電機のうち、2機を撤去して展示スペースを 作り出している。導水管は切り放たれ、大きく口を開けている
■この5年間の経緯について「限られた予算のなかでは時間をかけて少しづつつくっていくしかなかったが、その都度、関係者のなかで課題を発見することができた」と、稲葉氏は振り返る。そうした意識が、建物と地形の関係性、建物と建物の関係性に段階的に反映され、周辺環境と調和した空間群を実現していることはこの事例の特筆すべき点であろう。
下山芸術の森発電所美術館は2005年現在、開館から10周年を迎えたが、導水管が口を開け、発電所の面影を色濃く残す大空間は、アーティストの創作意欲を刺激し、意欲的な展示が数多く行なわれており、地域住民をはじめ訪れる人の目を楽しませている。
最後に稲葉氏は「古いものを再生する事はそこに現存するもの自体を肯定する事からはじまり、その場所でしかできないことを考えることに至る。そうした姿勢を通して既存環境の一部としてつくることのできた建築というのは、結局のところ長持ちするのではないか」と結んだ。下山芸術の森発電所美術館は、関係する人々の対話、既存環境との対話が生み出す、リノベーションゆえの豊かさを示す好事例である。
(村井一)
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