【 column 】

インフィル・リノベーションの射程──新堀学

S/I(サポート/インフィル)という考え方が、日本に入ってきて久しい。建築学者ニコラス・ハブラーケンによって提唱されたこの考え方は、建築産業という「モノ」づくりが「モノ」だけに終わらない社会的な回路として働くために、社会的資産である「サポート」と個人の自由の領域である「インフィル」とを分けて考えようという社会学的計画論に根ざしたものだったといえる。
しかし、日本においてこのS/Iという考え方は、独自の発展を遂げているように思われる。
それは、単純な可変性だけではなくライフスタイルという個人の生活のソフト面までへの応用を射程に入れて、むしろサプライサイドとデマンドサイドという分断を再接続する回路としての可能性が見出されてきているのではないだろうか。その意味でこの《楽隠居》の動機が「産業」という考え方に根ざしていたことは非常に興味深い。

公団インフィル研究会の主導的メンバーである東大の松村秀一のコメントによれば、「間仕切りが動くだけで、産業が生まれるとは思われなかった。産業というならば生活が明確に変わるということがわかるようなものでなければ、変わりうる生活像を提示できるものでなければならないと思った」というように、日常生活へのインパクトがこの試みにおいてはひとつの到達目標とされていた。

この《楽隠居》は、それぞれの要素技術のアッセンブリーとインフィル「パッケージ」とのどちらからの見方も可能なわけであるが、その向こうにここまでできるというS/Iという考え方の可能性をも実例によって示している。
最初から作られたS/Iビルディングのサブセットとして考えられてきたインフィルシステムがこのリノベーションという応用において既存の構造体をもフィールドとして進出していくことを示したことで、もともとのS/Iという考え方の中に内在していた、サポートがインフィルの前提であるという構造自体に転換が可能であるということを示したといえるだろう。それは、ハブラーケンのアイディアを超えて、インフィルが檻から出る野生/自由を獲得する未来を予見している。

一方で、これまでの産業社会の発展を支えてきた公団のストックの活用についても、ここには新たなる展望が見られる。
リニューアル、減築による二戸一化など、これまで公団が試みてきた長寿命化技術の流れのなかでも、より居住者の動機に近いところからの提案であることが、実装への期待を高めるものになっているといえる。実際に実証実験のオープンハウスでは、訪問者の大多数が好意的な評価をしていたという。それは、「これならできる」というリアルな印象を見学者が受け取ったということに他ならない。

結果として、利用者側からの環境へのイニシアティブへの可能性にこの技術的挑戦はつながっていくのではないだろうか。
そのためにも、現在はまだ一般に利用可能ではないこれらのシステムが早く市場に出ることで、S/Iという思想を市民が具体的に手にできるようになることを期待したい。


左:実証棟のある八王子都市住宅技術研究所
右:公団のかつての住戸を復元している歴史棟(同潤会、晴海アパートメントなど)