Renovation Interview 2009.3.20
太郎吉蔵からの問い──都市は誰のものか?
[インタビュー]五十嵐威暢 聞き手:新堀学+倉方俊輔
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自由を生むリノベーション
倉方俊輔 NPOのメンバーの大半が地元の方ではないとのことですが、それは活動にどのような影響を与えているのでしょうか。
五十嵐 田舎の人はある意味シャイなので、外から来る人たちを煙たがったり、近づきがたいと思われる方も多くて、それはマイナスだと思います。地元の人が気に入ってくれて、気に入ってくれた人がどんどん盛り上げてくれるのが一番良いのですけれど、あまりにもパワーのある人が外から集まりすぎているので、敬遠されるのかもしれません(笑)。
それから、これも受け入れにくい要素のひとつかもしれませんが、蔵で宴会はしてほしくないということです。できれば少しでも文化的な側面があることに使ってほしいのです。ただ、結婚式やバーテンダー協会が新しいカクテルを発表するパーティーを行なったこともありました。コンサートはよくやります。ここは、とても音響が良くて特に弦楽器に関しては素晴らしい。セミナーのようなことや展覧会に使うこともあります。
倉方 改修で中村さんがされたことは原形に復することですか。
五十嵐 はい。基本的に原形に戻す方針です。変更点は土間だった部分を板張りにしたくらいです。後ろの土蔵にある引戸をガラスの自動ドアに変えて、外に二重に鉄製の引戸をつくりました。このガラスドアには、街の人たち15人くらいと共に描いた抽象絵画のようなものをシルクスクリーンで印刷しました。もう一方は、木のドアで、僕が廃材を使って彫刻のドアにしています。屋根の換気塔も僕の彫刻です。そのような遊びを入れたくらいで後はなにもしていません。照明を担当した東海林弘靖さんは、床面の両サイドに溝をつくって、そこに白熱電球を入れ、光が木構造の壁を浮かび上がらせるようにしています。最初は、その光だけだったのですが、やはり蔵の中央は暗くて使いづらかったので、上にトラックレールを2本渡し、スポットライトをつけました。基本的には暗い状況で使ってもらうのが1番いいので、上の明かりはなるべく付けず、暗い蔵を楽しんでもらっています。
劇場法で収容可能人数は120名までです。椅子も高価なものは使えなかったので、ロサンゼルスから1脚3ドルのプラスチックのガーデンチェアーを120脚送りました。座り心地もよく、キシミ音もなく、よい選択だったと思います。
シルクスクリーン印刷が施されたドア
撮影=酒井広司
倉方 建物を保存する時には、どの時点を原点とするかが問題になってきます。ある時点を原点とすればそれがベストかと言ったら、そうではない。いまされていることは実際には存在しなかった原形に向かって、想像していく行為だと思うのです。僕らが探している、リノベーションと保存の橋渡しというのは、その方向にありたいと思っているので、すごく興味深いです。
五十嵐 僕は人生で引越を50回以上しています。そのうち改装や新築の経験が6、7回あります。とくにロサンゼルスで2度目に建てた家が本格的なリノベーションで、いまでも気に入っています。リノベーションは、自分ではない誰かが設計した建物が、現実に目の前にまずある。そのことでさまざまな制約を受けたり、辻褄が合わないことがある。けれどもその既存空間や前提条件は、自分が考えていることを制限するのではなくて、もっと豊かなものに膨らませてくれるきっかけになると思うのです。建設当初の姿を想像し、新しい意味と機能を付加しながら生まれ変わる。そのことが楽しみでもあり、予想を超える可能性でもあります。
アメリカではとても良い状況があって、例えば、ローカルの建築家が設計したものでそれなりのものは図面がすべて大学の図書館にあり、誰でも1ドルでコピーできるのです。ですから、増改築などで変わってきても元へ戻せるわけです。見えない所が理解できることになります。さらにそのことに対して税制上の優遇措置がいろいろある。固定資産税が減額されるとか、リノベーションに対しては建築基準法が現在のものではなくて建設当時のもので構わないとか。一カ所でも壁を残せば、リノベーションと認められますから、古いものを大事に扱い、新築では建てられないようなものができるのです。
新堀 日本では建っているものをストックとして扱う制度がないものですから、手を入れた瞬間にそれを新しいものと同等の性能にしなければならない。ストックをそのままストックとして扱う道がないので、僕らも不自由しているのです。
倉方 日本であれば、リノベーションしたほうが不自由になってしまうのですが、リノベーションのほうが自由度が高くなることがあるというお話は興味深いです。それから、建築のアーカイブのお話もありましたが、日本だとアーカイブのストックも少ないのです。図面がアーカイブとしてストックされていることもリノベーションを実行できる一要因になっているのですね。
太郎吉蔵デザイン会議(2008年)
撮影=酒井広司
リノベーションの拡張
新堀 もともとの地縁に対して、このNPOというもうひとつのチャンネルが生まれたことは、状況を相対化して流動性を生む意味で、とても価値があると思います。それから、街自体をつくっているのではないのだけれども、街のおかれている世界をつくり直しているという意味で、価値のあるオペレーションだと思います。歴史のリノベーション、文化のリノベーションとでも呼ぶべきものだと思います。
五十嵐 蔵は兄弟で所有していたのですが、改修する時にNPOに寄贈しました。ですから蔵はNPOが所有しています。普通は行政が箱を用意して、運営管理をNPOに委託する例が多いのですが、僕らのNPOは資産を持っている。これがいまとなってみると良かったと思います。NPOは現在、財政的には非常に厳しいのですが、蔵の存在があるので、どうしても止めたくないという人がいて、その人たちがいま頑張り始めているのです。特に札幌や滝川の人々が頑張り始めた。これで地元の人々の力で運動が盛り上がるのかなと思います。
新堀 いわゆる地域、街づくりの運動をきっかけにしてそういった活動に参加した人々が、しかしそこから先の世界に拡がっていかないことが多々見受けられます。ここでは建物がこういうかたちで残されて使われるということによって、ひとつのコミュニティ、(僕はイニシアティヴという言葉を使っているのですが)意志を持ったある種の公共的な主体性が生まれていると思います。それを見た人たちのなかからほかの地域でもこういうことが起きたらいいなという人がでてきて種をまきに行ってくれるといいですね。
五十嵐 僕らは、札幌から旭川を北海道の新しい文化のメインロードにしようという提案をしています。札幌はモエレ沼公園札幌芸術の森などがあるし、少し北へ行くと美唄(ビバイ)市には彫刻家、安田侃さんのアルテピアッツァがあります。その先に滝川があり、旭川には彫刻美術館、東川町には東川町文化ギャラリーがある。これらをつないだ芸術月間のようなイヴェントをしたい夢を持っています。そのなかに滝川という名前を出せれば、新しい滝川の魅力が伝わるので、それが活性化に繋がっていくかなと思います。定住人口は期待できないので、交流人口といいますか、人が少しでも多く滝川に来てくれることを目指しています。»

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