Renovation Interview 2008.8.22
リノベーションのプロセス──歌舞伎町まちづくりの作法
[インタヴュー]荒木信雄 聞き手:倉方俊輔
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建築保存の記憶
倉方 今回のプロジェクトをやるうえで、役に立った経験や発想の元になった仕事はありますか?
荒木 じつは20代の後半に、北九州の九州歯科大学のキャンパス計画に関わっていたことがあるのですが、もとは山田守さんの建築だったのです。キャンパス内には病院と大学と講堂があって、いかにも山田守といった感じのモダニズム建築でした。
この建築を壊して250億ぐらいかけて新しいキャンパスをつくるというプロジェクトでした。当時いちスタッフである僕の立場では何もできず、ふがいない思いをした事を思い出します。結果的には壊されてしまったのですが、いま思えば、どうしたらこのような美しい建築を残して新しい機能を共存させていくことができるのか、ということを初めて考えるきっかけになったプロジェクトでした。
倉方 バブルの時期ですよね。モダニズム建築なんてのはなんの価値もないとみなされていたころ……。
荒木 そうなんです。「山田守って誰?」くらいの感じだったのかもしれません。単純に建物が古いので新しい機能にはフィットしないと思われていたのかもしれません。同時期に村野藤吾さんの《小倉市民会館》にも取り壊しの話が出ていたのですが、こちらは結構話題になっていて、どうして《九州歯科大学》は話題にならないのかと不思議に思っていました。
また、海外のものも含めて先人たちのリノベーション物件をみてきた経験が原点にあると思います。
ポルトガルにはポザーダという国民宿舎があって、お城や修道院などのいくつかの古い建築を、改修して運営していくシステムになっています。大航海時代のものも含めて、800年、1200年前の建築がたくさん存在していたのです。それを世界遺産に登録したり、運営したりしていました。6、7年前に3カ月ぐらい旅行をして見てきたのですが、非常にまっとうな保存のされかたをしているなとつくづく感じました。
先人がやってきたものを、いま生きている僕たち一人ひとりがきちんと意識する。そのことは、いまのエコにも繋がる考えだと思います。エコもとらえ方は主観的なもので、人それぞれ違いますが、意識するということが大事なのだと思います。
日本も、DOCOMOMO100選が決まったのなら、国もそれを意識した動きもあっていいのではと思います。できれば国家プロジェクト的にきちんとサポートしていくとか。これから先、モダニズム建築の寿命が近づいてきたときに、設計者の選定も含めて、きちんとリサーチして、改修していく体制を整えるべきだと思います。国は、いまの時代の人たちが解釈したものをきちんと次の世代にバトンタッチしていくサポートをしなければならないと。その指示の仕方もふくめて、継承していくシステムを構築することが大事だと思います。伊勢神宮を維持できている国なのですから。
倉方 これまでの保存や改修というと、大きくは2つのやり方に収斂されます。ひとつはすべてをオリジナルに戻してしまうやり方、もうひとつは新しいものとの対比のために昔のものを使うというやり方。
しかし今回の改修はどちらとも違います。違いは、建物の「経過」というものを意識して生まれています。それを可能にする技法として、昔の要素も新しい要素も同じ図面のうえで考えているという事実。これがわかったことが、今日の大きな収穫でした。
荒木 ルーヴル美術館のガラスのピラミッドのような対比のおもしろさは確かにありますが、もういいかなという思いがあります。あえて手を加えないというような寸止め感を出した設計もいいのではと。
以前雑誌の記事にも書いたのですが、「どこを設計したの?」といわれるぐらいの違和感ない感じ。でも空気感は残したいと思っているのです。やり過ぎない、足し算は少しずつというのが今回のやり方です。
廊下
終わっていない面白さ
倉方 この建物の吉本興業の契約期間は10年ですが、私はそれ以降も壊されることはないだろうと楽観視しています。なぜかというと、寸止め感というのは、つまり、開かれているというか、終わっていないことだと思うのです。改修によって新しいステージに入っているにもかかわらず、終わらずに続いているものを途切れさせることは無理だと感じるのです。
荒木 この寸止め感というか、物事をあえてはっきりと決めないというのは、いまの社会の状況でもあるかなと思いますね。はっきり決めないけれども緩やかに繋がっている感じがいいというような。あるジャーナリストが言っていたのですが、特に若手の建築家に見られる事のひとつに、建築のプランでも、ドアをつけずに領域を緩やかにつなげたりしていることに気づくと。それはやはりなにか繋がっているということに対する安心感があると思うのです。
また、それと同時に、物事を決めることに対してストレスを感じる時代になってきている。吉本興業さんもそこを気にしていて、設計途中でドンドン要素が変わるのです。それは優柔不断とは別のものだと思います。
通常は設計契約後、ある程度コンセプトが決まれば設計段階に進むのですが、暫定的に決める。経済やITの流れの早さと、建築の原始的な進め方のギャップを感じました。スピード感が全然違う。会社組織自体もフレキシビリティを求めていて、最後まで暫定的な感じ。引っ越しの時も入る部署に変更があったくらいです。
これは吉本興業に限らず、ほかの会社の設計をしているときにも感じています。決めないことがリードしている感じです。その感覚は、今の若い世代の集団意識や組織意識にも共通するところではないでしょうか。それが良い状況だとも思いませんが、それが時代感だとも言えると思うのです。
終わっていない面白さについては、僕はこの建築(吉本社屋)の10年間を進行形のプロジェクトとしてドキュメントしていきたいと思っています。10年間をターム毎で写真を撮り続けていく予定です。7月には竣工までをドキュメントしている本が出版されます。
残りの9年どうなるかわかりませんが、仮に取り壊しが決まっても保存運動が起こるかもしれませんしね(笑)。ですからやはり進行形がいいなと思います。»
2008年6月26日、The Archetypeにて
職員室(セミナー室)
荒木信雄 Nobuo ARAKI
1967年生。建築家。The Archetype主宰。最近の仕事に《カイカイキキ 元麻布》《サムライ》《岡本の家》などがある。

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