Renovation Interview 2008.8.22
リノベーションのプロセス──歌舞伎町まちづくりの作法
[インタヴュー]荒木信雄 聞き手:倉方俊輔
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解体をデザインすること
荒木 いま、『球体』という雑誌に連載している企画があるのですが、それはもうすでに亡くなった建築家が設計した建物を訪ねて歩くというものです。
たとえばこの建物は1930年代に建てられましたが、第二次世界大戦があり、高度成長期があり、ベビーブームがあり、現在に至るこの7、80年のあいだに社会情勢やシステムが大きく変わっています。そういった建物のなにが残り、なにか変わっているのかを検証することで、今後の設計上の参考になると思うのです。建築家の思いと施主や社会の思いとのずれで生じるなにかを探ること。そこに注目することで、見えてくるものがあると思っています。
この建物では、僕自身がなにを残して、なにを変えるかを判断しました。本来なら、もっと時間をかけてアカデミックにリサーチしていく方法もあったかもしれませんが、民間の仕事での限られた時間と予算のなかでは、その方法は現実的ではないと判断しました。
それよりも、この時代に生きている自分たちがどういう風にディテールを解釈して、この建物のあり方を解釈して、この近隣の状況を解釈しているのかということを素直に表現することの方を優先させました。そして、次の時代の人たちに、その意志を伝えられるような意匠にしました。
そのために、いままでの改修工事とは違うところかもしれませんが、「解体指示書」というものをつくりました。これはなにかというと、最初に建物全体をリサーチしながら写真を撮り、ここを残す、残さないというのをその写真にその指示を書き込んだものです。つまり、今回は解体が重要だということです。
解体指示書
倉方 解体がデザインだということですか。面白いですね。
荒木 この調査だけで数カ月かかりました。しかしこれが今回の設計の肝でしたからね。工事を請け負ったゼネコンも戸惑っていたと思います。僕たちにも初めての経験でしたが、解体をデザインするなんて目から鱗ですよね。
今回の設計というか解体では、かなりいろんなことを割り切りました。たとえばトイレは全面改装しています。もちろん、既存は子供用便器ですので当然使えない。どうせ変えるなら現代の息吹きを入れようという考えで進めた結果です。変えないものは変えない。オリジナルだからすべて残そうというふうにはやっていません。
さきほど予算と時間が限られていると言いましたが、もし、予算と時間を掛けて厳密な調査をしていたとしても、その結果、使われない建物であっては意味がないと思うのです。自転車置き場のままにしておくよりは、時代の要請にある程度合わせて、できる条件のなかで改変していくほうがいいと解釈しました。
オリジナルのよさというのはもちろん認めますが、特にDOCOMOMOの領域でもあるモダニズム建築をどうやって保存していくかという考えは、人によってかなりのブレがあるように思います。保存の解釈は相当難しいですよね。
倉方 オーセンティシティの問題もありますしね。
荒木 そういう意味でも、僕たちはこの解答が正解だったかどうかはわかりません。それは後世の人たちが判断してくれればよいことだと思っています。ヨーロッパの建築のように、800年、1000年と生きながらえていく建築もありますし、そんななかでいろいろ考えても僕たちには太刀打ちできない。
いま背負っている状況を素直にぶつけてみて、ディテールも含めて、ここを残したいという気持ちを大切にする。その部分の集積が、歴史の積み重ねであると解釈していこうということです。
倉方 要所要所に表われる肌理の細かさはどこからくるのかと思っていたのですが、そういう指示の仕方をしていたと聞いて納得しました。とても明確です。図面だと見逃してしまいそうなところもきちんと書いてありますし。
荒木 今回は吉本興業さんにお願いして、一角に設計室をつくらせてもらいました。合宿のようなかたちで、実際にその建物で図面を書いたり模型をつくったりしながら、現地で指示を出していきました。それは非常に有効でしたね。
今後こういったリノベーションをする機会があれば、今回の方法は非常に参考になるのではないでしょうか。解体方法をどのように職人さんたち(現場)に伝えるかということのひとつの流れができたと思います。
倉方 改修設計でないとありえないやりかたですね。
荒木 そうです。新築とは全然違います。もしかするとヨーロッパでの建築家なら普通にやっていることかもしれませんが、日本ではあまり見ないと思います。しかしこれからは増えていくでしょう。新築ばかりではなく、都市のいい建築のストックにも手を加えなければ使えないものがいっぱいになっていますからね。
だからそういう意味でも、今回の改修ではいい経験をさせてもらいました。しかも、こういった発言の場もいただけてありがたいと思っています。
解体指示書を見る荒木氏
吉本興業の建築リテラシー
倉方 吉本興業は、いまのような設計者の話を聞く時間をとってくれるのですか?
荒木 はい。話も聞いてくれますし、とてもよく理解してくれていると思います。
社内で引っ越しの告知をするときにも、こういう建物をこういう人に頼んで設計しているというのをきちんと伝えたうえで、古いので雨漏りがするかもしれないし、暑い寒いもあるかもしれないけど、逆にこういった機会はないので、楽しんでいきましょうといってくれました。特に若い社員はピカピカの新しいビルに移ると期待していたかもしれませんが、事前にわたしたちを擁護してくれたのです(笑)。とても懐の深い会社だと思いました。
また、歳を重ねたものに対して厚化粧していくよりは、シワを、年輪を楽しむというのもひとつのあり方だということも話してくれていたようです。吉本興業とDOCOMOMO建築なんて、なんの繋がりもないと思っていましたし、そこが面白いと感じていたのですが、もしかすると芸人さんにも共通する「味」や、経験がもっている「間」、「空気感」などは共通しているのかもしれません。
倉方 素材を活かすということですね。別の素材にはなれませんから。
荒木 そうです。だから楽しもうと。そこを逆手に取れば、ほかではできない体験ができるのですから。新築はいつでも体験できます。
倉方 この会社には建築を読む力、「建築リテラシー」とでもいうべきものがあると感じました。これもうれしい驚きです。
荒木 もしかすると、建築家の村野藤吾さんと関係あるのかもしれません。村野さんは《吉本梅田劇場》(1957)、《吉本ビル》(1960)、《吉本会館》(1987)など、吉本関係の建物を設計していますから。吉本興業も100周年が近いですし、歴史ときちんと向かい合っていこうというスタンスはあると思います。
それに、ある程度大きな企業になれば、社会にも貢献していかなければならない。たとえば中庭部分は芝生にして必要に応じて一般の方に向けての催しができたり、こういった建築的な取り組みが社会貢献になっているというのを感じて、よい機会ととらえられているのではないでしょうか。
倉方 企業の社会貢献にはいろいろなやり方がありますが、自分たちの足下から拡げていくという方法は、神保町の例もありますし、そういう社風があるのでしょうね。
荒木 そうですね。それもあって、歌舞伎町を盛り上げていこうということを考えられているのでしょう。新宿ルミネもよいようですし、新宿に対する盛り上げに貢献したいということがあるのではないでしょうか。それが結果的にはマーケットにも影響するのでしょうから、企業としてはメリットのあることだと思うのです。
解放した中庭では、年に何回かでしょうが、いろいろなイヴェントを行なう予定だと聞いていますが、それも小学校っぽい使い方ですよね。非常にうまい方法だと思います。»

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