Renovation Report 2008.12.19
「黄金町バザール」リポート
臼井彩子

イントロダクション
Introduction
横浜で新しい地域型のアートプロジェクトが行なわれている。2008年9月11日から11月30日まで、横浜トリエンナーレと同時期に開催された「黄金町バザール」である。舞台は、京浜急行日ノ出町駅から黄金町駅までの大岡川沿いにある、通称、「初黄・日ノ出町」と呼ばれる地区である(「初黄・日ノ出町」は、初音町、黄金町、日ノ出町の3町内を指す)。横浜駅にも近く、都心にもアクセスしやすい立地である。しかし、ここはかつて違法な特殊飲食店が軒を連ねていた地域で、「黄金町」というと、近寄りがたい暗いイメージを持つ人は少なくない。その過去のイメージを払拭し、新しい活動によって再生していく、その最初の一歩として、今回の「黄金町バザール」が行なわれた。
大岡川沿いに会場となっているエリアを歩くと、真新しい高架下のアート施設が目に入る。屋外ではワークショップなどに参加する子どもたちが走り回り、楽しげな雰囲気が伝わるが、すぐ脇には警察官が立つ姿が見られる。その光景はほかでは見られない特殊なものである。近年各地で盛んな、地域を舞台にしたアートイヴェントとは、まったく異なるタイプの取り組みであることが伺える。高架下利用や既存施設の活用など、ハードの視点も含め、特殊なケースの地域に展開するプロジェクト、「黄金町バザール」についてレポートしたい。

●黄金町バザール
期間:2008年9月11日(木)〜11月30日(日)
会場:京浜急行「日ノ出町駅」と「黄金町駅」の間の高架下新設スタジオ、大岡川、駅、周辺店舗ほか
主催:黄金町バザール実行委員会
共催:横浜市開港150周年・創造都市事業本部、財団法人横浜市芸術文化振興財団
後援:神奈川県
協力:Kogane-X(初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会)、BankART1929、急な坂スタジオほか
実行委員長:鈴木伸治
ディレクター:山野真悟
キュレーター:天野太郎
URL=http://www.koganecho.net
黄金町バザール会場マップ
提供=黄金町バザール事務局

プロセス
Process
初黄・日ノ出町地区は、戦前まではごく普通のまちであったという。戦前より、この地区は卸問屋街として発展したが、復興の流れのなかで、麻薬の売買や、非公認の売買春行為が行なわれるエリアとなっていった。その後、ごく最近まで、高架下に違法な小規模店舗が並ぶ風景が続いてきた。1995年の阪神・淡路大震災を契機に、京浜急行が高架橋の補強工事を行なうため、1998年ころからこのエリアの高架下にあった約100の小規模店舗に、立ち退きを求めた。しかし、違法店舗は周囲に拡散し店舗数も急激に増え、250店舗ほどになっていった。そこで、日ノ出町と、初黄町の町内会が連携し、2002年に初黄・日ノ出町地区風俗営業拡大防止委員会を立ち上げる。2003年には初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会(愛称:Kogane-X)へと発展し、住民主体で進めたまちづくり運動に警察の本格的参加へと繋がった。そして2005年、「バイバイ作戦」として神奈川県警と伊勢佐木署が合同で一斉取締りを行ない、24時間警察官を配備するなどして、違法営業の一掃を行なった。

これにより、違法店舗は閉鎖されたが、立ち退いた後の約150軒の空き店舗が残る、まったく人のいない町となってしまった。推進協議会はまちづくり推進部会を発足させ、もとの小規模店舗を転用する取り組みを進めた。2006年から、店舗は横浜市中区が借り受けるかたちで、地域防犯拠点「ステップ・ワン」、文化芸術振興拠点「BankART桜荘」、安心・安全のまちづくり拠点「Kogane-X Lab.」と、新たな施設が誕生した。また、近年の横浜市では、創造都市政策が展開され、アートなどのクリエイティブな活動を推進している。
このような流れのなかで、今回の「黄金町バザール」は計画された。空洞化したまちに投入する新しい活動として、アート活動が注目され、高架下のアート施設の計画が持ち上がる。そして2008年に地域住民、アートの専門家、建築家、京急、警察、横浜市によって、黄金町バザール実行委員会が組織された。ディレクターには福岡で「ミュージアム・シティ・プロジェクト」を組織し、2005年の横浜トリエンナーレでキュレーターを務めた山野真悟氏を迎えた。こうして新しいイメージづくりへと向かうための、取り組みが始まった。
上:現在も空き店舗の看板が残る
筆者撮影
下:特徴的な赤いテント看板の建物
提供=Kogane-X Lab.

プロジェクト概要
Project Summary
このプロジェクトのイメージは、「バザール」(=市場)という言葉に集約されている。アート展示だけでなく、「衣・食・住」という生活に結びついたテーマで、アーティストのほかにショップやカフェも参加している。新しい経済活動を取り込むことで、より将来へ向けた地域の再生を見据えていることがわかる。またワークショップや参加型のインスタレーション、滞在型で制作活動を公開するアーティストが多数参加している。このような多彩な内容で構成されていることが、アートを敷居の高いものと感じさせずに、地域の人にも来場者にも気軽に立ち寄りたくなる雰囲気をつくっている。

地元の小学生のなかには、毎日黄金町に遊びにきて、作品制作の手伝いや、来場者の案内をしたりする子どももいる。以前では考えられなかった光景である。また大岡川沿いでは、週末にパラソルショップが開かれ、地元の主婦らが手作りのお菓子などを販売する。来場者に声をかけながら、賑やかな雰囲気をまちに生み出している。参加しているまちの人が楽しげな様子は、来場者にも伝わってくる。
パラソルショップ
提供=Kogane-X Lab.

展示施設
Exhibition Facilities
展示会場は、ハード面での再生としても注目される。新しいスペースと、既存スペースの転用の両方を見ることができる。メイン会場となるのは、高架下に新しくできた2つのアートスタジオである。
上:黄金スタジオ、外観
下:黄金スタジオ、内観
ともに提供=黄金町バザール事務局
京急高架下文化芸術活動拠点「黄金スタジオ」は、神奈川大学曽我部研究室の設計した木造のアトリエ棟である。川沿いの高架下は長年、店舗やフェンスで塞がれていて、まちとのあいだの壁となっていた。そのため新しい施設は、川側に対しては内部の活動の様子を切り取る出窓が並び、路地側には折れ戸が連続する開放的な設計となっている。5つのアトリエスペースがあり、カフェやデザインショップなどが並ぶが、なかでもタイのアーティストのウィット・ピムカンチャナポンのフルーツショップは印象的である。参加型の作品で、地元のお年寄りたちが縁側に腰掛け、ペーパークラフトでフルーツをつくりながら会話する光景が生まれている。個々のスタジオが土間によって連続していることで、その雰囲気は全体に及ぶ。高架下とは思えない、気軽に集まることのできる「場」づくりに成功している。ほかにも、石垣克子や笛田亜希などのアーティストが、滞在しながら公開制作を行ない、地元の小学生が一緒に制作する様子も見られ、ごく自然にアートに触れている様子が伺える。
ウィット・ピンカンチャナポン
提供=黄金町バザール事務局
「日ノ出スタジオ」は横浜国立大学の建築都市スクールY-GSA飯田スタジオの学生が設計に携わった。高架下という難しい敷地条件から、3棟の分棟形式にし、屋上通路で連続させるかたちとなっている。こちらは、建物自体が通りに対してガラス張りのショールームのボックスとなっている。「クアドラド」のショップでは横浜スカーフとコラボレーションした作品や、「田宮奈呂+me ISSEY MIYAKE」のショップに飾られたインパクトのあるディスプレイが、通りに華やかさを与えている。ショーウィンドウとして日常的に存在することで外からも目を引き、アートの鑑賞という意識ではなく立ち寄りやすい施設になっている。

この2つの施設設計は、ワークショップによって地元の意見を取り入れながら行なわれた。学生達は、高架下がどういった場所になって欲しいか、地元の声を取り入れながら、プランニングを進めた。
左上:日ノ出スタジオ、外観
筆者撮影
左下:日ノ出スタジオ、BizArtのブース
提供=黄金町バザール事務局
右下:田宮奈呂+me ISSEY MIYAKE
提供=黄金町バザール事務局
初音プラザ(初音スタジオ改修前)
提供=横浜市
かつての違法小規模店舗も活用されている。空き店舗の確保は、2年前に市などが登記簿などから土地や建物の所有者、借り主を捜しはじめ、18部屋を借り受けた。そのひとつである「初音スタジオ」は、2棟の建物の中に、かつて8軒の違法小規模店舗が並んでいた。間口も狭く、ワンフロアが5帖に満たないほどのスペースであった。ここでは、2軒をワンユニットとし、4組の参加アーティスト、ショップの活動拠点となっている。改装は個々のアーティストによるものだが、市が借り上げたときは、赤い特徴的なテント看板がかかったままで、内部はほとんど当時のまま残されていたという。部分ごとに改修を進めるあいだ、バザールのスタッフが滞在する場所として使いながら、片付けや掃除を行ない、準備に入ったアーティストの宿泊スペースともなった。その時は「食事をする気にならないほどの場所だった」とスタッフは話すが、いまは実験的に飲食店も入っている。
「ヒガシノミソラ」は、鳥取・境港市に本店を構える鉄板焼き屋である。その独自のスタイルの「ミソラ焼」が非常に人気を博している。オイカ創造所建築設計事務所のリノベーションによって、吹き抜けや白い空間が狭小スペースを広く見せ、スタイリッシュな食の空間になっている。対照的に、北川貴好によるインスタレーションの部屋は、かつての印象も残り、この地域の過去に触れる空間も見ることができる。
上:大平荘、改修前外観
下:大平荘、改修前内観
ともに
撮影=矢口広和
左:ヒガシノミソラ
右:北川貴好
ともに提供=黄金町バザールオフィス
同じように、かつて小規模飲食店が数軒並んでいた、通称「大平荘」という建物の中にも会場がつくられている。ひとつは、横浜美術館が、改修したギャラリースペース。もうひとつは、神奈川大学曽我部研究室の大学院生が、実験的にセルフビルドで改装を続ける「ヤグチレジデンス」だ。計画した矢口広和は、前述した「BankART桜荘」の改修や、「黄金スタジオ」の設計にも参加してきた。継続的にこの地域に関わっていくなかで、今回のリノベーションプロジェクトは行なわれている。いまも2階はアパートとなっているため、住人のいるなかでの改修であり、大平荘という独特のコミュニティに入り込みながら、この場所に必要な要素を取り入れた空間づくりを進めた。
ここでも、黄金スタジオ同様に、座敷と土間の関係がつくられている。また路地を土間に見立て、室内と共有することで、空っぽになった通りに活動が広がるような空間になっている。しかし、コミュニティの人々にとっては開放的になり過ぎないことも意識されている。用途としては、アーティストが滞在しながら制作できるスタジオ兼レジデンスとなる予定である。このような場所が、今後地域に増えていく可能性を感じるプロジェクトである。

左上:ヤグチレジデンス、内観(アーティストが滞在し準備をすすめる)
右上: ヤグチレジデンス、改修後外観
左下:横浜美術館withバザール
提供=黄金町バザール事務局
ともに撮影=矢口広和
Kogane-X lab.改修前
提供=横浜市
ほかにも、学生が取り組む場所として、Kogane-Xと横浜市立大学が協働で運営する、Kogane-X lab.がある。2006年から中区が借り受け、まちづくりの拠点として設置されたが、今回のバザールでも会場のひとつとなっている。この施設も、かつての小規模店舗3軒分をひとつに、学生も参加しながら改修された。今回はさらに、ショップ仕様に内装をリニューアルし、バザールグッズショップと、地元のアンテナショップやカフェを学生が運営している。

そのほか、住民の家の一角や、さらに大岡川にも作品が展開している。会期中には、地元の小学生との壁画ワークショップが開催され、2つの作品が高架下に完成している。
左:Kogane-X lab.改修後
右:Kogane-X Lab.(バザールショップB)
ともに提供=Kogane-X Lab.

これから
Future
来場者のなかでもかつての黄金町を知っていた人からは、これほどまでの変化に驚きの声が聞かれる。地元住民からは、「孫を連れて歩けるほど、自分のまちが安全に変わった」ということに喜びを隠せない様子も伺える。またサポーターとして運営側に参加する住民も多い。それだけに、イヴェント終了後の動向が注目されるが、バザールはすでに次の展開へと向かっている。
12月13日から25日まで、「黄金町バザール年末大感謝祭」の開催が決まり、一部会場のリニューアルや新しい会場の準備を進め、飲食店も一部残り、営業を続ける。また、横浜市は高架下スタジオを持ち主の京急から、今後10年間借りる予定であるという。そして、その活用は、新しくNPO法人化する組織に委託される。このNPOは、バザールの延長にあり、Kogane-Xなどのまちづくり組織とより一体となった形で構成される。スタジオ利用者の募集も始まっているが、企画審査のうえで選ぶかたちを取るという。テナントとして入りたい要望はすでにあるそうだが、慎重に選ぶ必要がある。
「まちづくりのなかでバランスをとる一定の基準値として、アートがある」とディレクターの山野真悟氏は話す。地域住民が今後より自分たちの手でまちを変えていくための具体的なものさしとなるからだ。
さらに、管理運営する空き店舗も増やしていく予定だが、権利関係が複雑で、行政が手を出しにくい物件が多く、規模を拡大するには時間がかかることも事実である。山野氏は当初から、「一回のイヴェントで大きく変わるのではない」と地元に説明をしてきた。少しずつ変わり、継続していくことが重要である。しかし一方で、高齢化する地域に対して、経済効果が急がれる点も感じているという。クリエイティヴな新しい経済活動の要素と、卸問屋街として古くからまちに機能する要素。その両者を活かすことが今後の展開に必要になってくる。新しい活動はまだ始まったばかりだ。それらが持続的に展開していくことで、全国的なモデルケースにもなりうる。これからの変化がさらに期待できる、注目すべき地域である。


参考文献
・「黄金町バザールガイドブック+読本」
・『新建築』(2008年11月号)
・黄金町バザール=http://www.koganecho.net/JPN/index.html
・Kogane-X lab.=http://koganexlab.a.orn.jp/index.cgi?view_c=Lab::Access.html
左:瀬戸口朗子with東小6年生
提供=黄金町バザールオフィス
右:しでかすビルジング(会期中に新たに借り受け会場と
なった空き店舗)筆者撮影

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