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ツォルフェライン炭鉱群は改修にあたって大きく4つのエリアに分けられた。かつての炭坑群の中心地域であり、エッセン(ルール工業地帯を形成する都市のひとつ)中心部から車、電車による観光客を迎え、大規模な内部空間を持つ「第12坑」文化展示エリア、西部の石炭処理機械が外部に露出する「コーキング工場」外遊エリア、北部の低中層オフィスを中心にした「第1/2/8抗」ビジネスエリア、未舗装の「彫刻の森」散策エリアからなる。そして、それらのエリアの間を、かつての石炭運搬路を改修した遊歩道によって行き来するようになっている。
「第12坑」にはOMAによって改修されたビジター・センターと、その階下に入る2007年度末に開設予定のルール美術館がある。そのほかの建物には、最新の商業デザインを多岐にわたって展示するレッド・ドット・デザイン・ミュージアムや、私設ギャラリー、レストラン、カフェ、ビアガーデンなどが入る。ビジター・センターでは、コンサートの案内や、工場内部見学ツアーの受付を行なうなど、休日を利用しての産業遺産の学習、余暇を過ごしにやってくる一般訪問者の玄関口となっている。
改修は、既存の炭坑建築独特の素材や構成を利用プログラムに即したかたちで読み替え、さらに同様の意匠を持つ新築部分を部分的に加えることで、利用性を高めながら、炭坑独特の空間体験をいっそう強調する方法でなされている。来訪者センターのエントランス、二階部分を走る連絡通路、地上の通路、そして内部だけでは機能が足りない部分に、既存の赤を基調とした本体に対して、モノトーンを基調とする外部エレベータや階段が部分的に取り付けられ、各建物と敷地とがより潤滑に連結しあうようになっている。 |
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左:「第12抗」正面入り口
工場跡観光の正面玄関。ツォルフェライン地域のアイコンにもなっている巨大機械跡。エッセン市街中心部からトラムで15分、正面に到着する
右:「第12抗」来訪者センター入口
石炭運搬の通路と同じように通路を既存の建物に付加したもの。建物頂部にカフェやイヴェント会場、美術館への入口を持ってくることで、来場者は空中を石炭が行き来していた工業的なスケールを体験する。また、この通路は、建物上部への直接アクセスを可能都市、動線を外部に露出することで、訪問の経験を内部にとどめダイナミックなものにしている。頭上を走っているのは石炭の運搬路。現在でも補修が続く
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左上:「第12抗」来訪者センター内部
スラブを垂直に貫く既存機械の隙間にカフェが入り込む
右上:「第12抗」遊歩道
使われなくなったレールの間をひとつ埋め、それを遊歩道としている
左下:「第12抗」外部階段
小規模の階段を付加することで、人が留まれる場所ができる。階段はテラス、階段下部はビールバーと洗面所、通路はレストランのための庇になっている |
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唯一の単独での新築はSANAAによる《ツォルフェライン・スクール・オブ・マネージメント・アンド・デザイン》である。ここは「第12坑」の文化展示エリアと「第1/2/8抗」のビジネスエリア、そして市街地という三つの地域の結節点として計画されている。
西部には「コーキング工場」があり、壮大な産業遺跡を歩きながら気軽に見学できるようになっている。「第12抗」と「コーキング工場」の間にある「彫刻の森」では、ときに、うち捨てられた攪拌機などに出くわしつつも、彫刻広場や小さな沼を中心に林の中をゆっくり歩けるようになっている。 |
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「第1/2/8抗」新事務所群建設予定地
たとえここに建設計画があることを知らなくても、蛍光色の木が何かが起こることを予感させる。奥に見えるのは『コーキング工場』 |
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左:「第1/2/8抗」タワー
ガラスは取り外され、足場が組まれ、改築が現在も進んでいる
右:「第1/2/8抗」低層事務所
昔の建物をそのまま事務所に使用している場所
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使用をとりあえずの目的としない多くの補修が行なわれていることも興味深い。たとえば来訪者センター入口エスカレータの頭上を走る石炭運搬通路の改修は現在も続いているが、学芸員の方によると、実際に見学ツアーに組み込まれる予定は現時点ではなく、保存のための補修が主であるという。補修作業を通して、職業訓練の機会ともなっている。 また、「第1/2/8抗」の一部のように、まだ改修も補修も行なわれていないところもある。そういう建物は、ガラスが割れて吹きさらしになっている。そのような少し危険な未改修エリアが残されているが、一度には改修する必要がない、というような事情に対する方針への理解を来訪者に求めつつも、訪問者の古い建物に対する節度ある接し方を信用しているようである。 新築、改修、未改修が混在している現在の状態は、隅々まで使い倒して直接的な利益を得るというよりは、この産業遺跡の持つ日常の想像力を超える風景の力を利用しつつ、ほかの部分は必要だったらそれに応じて利用していく、というような自然体でおおらかな態度が根底にある。 |
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廃墟はともすれば好奇心の対象となり娯楽的な扱いにとどまりがちである。そのような視点にとっては、改修や補修によって、こぎれいにされ、使われていた当時の生々しさが失われることを懸念する向きもあると思う。しかし、単なる好奇心にとどまらず産業遺産学習の場となることでより多くの人に開かれ、現在も社会に貢献し続ける産業史として肯定的に認知されることは、地域特性を高めるうえでも意義は大きい。 また、学習・文化的催しと、経済行為を同時に誘致することで、一見的な観光客ばかりでなく、実際にこの地域が他の地域にもまして、生活しやすい場所となれば、近隣地域に密接に組み込まれた刺激的な都市経験の場として認知され、安定的な発展を遂げることが期待される。
学校や仕事場の閉まっている日曜日に訪れたせいか、公園のように思い思いの方法で一日ゆっくりと過ごしている人が多い。自転車で回る人、犬と散歩する人、レストランで食事をする人、施設を散策する人、美術館を訪れる人、2時間に及ぶ見学ツアーに参加する人。見学ツアーは、ドイツ語のみで、日曜日11時の時点で3時まで予約が埋まっていたので、結局工場の解説はあきらめてエリアをゆっくり見て回ったが、結局6時間程度、この地帯のさまざまな特色を楽しみながら歩き回って過ごした。 |
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「第1/2/8抗」と「第12抗」を結ぶブリッジから 左:《ツォルフェライン・スクール・オブ・マネージメント・アンド・デザイン》を望む。左手がビジネスエリア、右手が文化展示エリア、そしてスクールの裏手が市街地になる
右:旧鉄道と新歩道が並びあって立体的に交差している様子 |
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左:第12抗とコーキング工場を結ぶ歩道
既存の通路に最小限のグレーチングを足すことで歩道にしている
右:第12抗
鉄道を埋めてつくられた広場と空中連絡通路による、合理的で思いがけない関係をつくる空間利用がされている
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コーキング工場
左:600メートルの処理施設が続く
右:施設をぐるりと一周する約1.5キロの遊歩道がまわる
写真はすべて筆者撮影 |
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ツォルフェライン炭鉱群のような世界遺産級の建築においても、ただその圧倒的な存在感に頼る観光資源として利用するだけではなく産業資源としても再活用することで生き続ける都市の一部とするような提案力と、それを十数年という長い歳月をかけてゆっくりとしかし確実に推し進めていく政治的、社会的な理解は欠かすことができない。短期間に消費され飽きられてしまう娯楽施設ではなく、長い期間にわたってゆっくりと自ら価値を生み出しつつ状況に応じて変化し続けていくような歴史的遺産の力を生かした改修地域の先駆けとなることを望みたい。 |
★1──UNESCOによるツォルフェラインの詳細な記述=http://whc.unesco.org/archive/advisory_body_evaluation/975.pdf
参考資料
・ツォルフェラインの公式サイト=http://www.zollverein.de/
・EL CROQUIES 134/135: AMOMA REM KOOLHAAS[II], El Croquies Editorial,2007, pp.329-347. |