Renovation Report 2007.7.23
「カイス・ダ・ペドラの旧倉庫群」レポート
志岐 豊(ジョアン・ルイス・カヒーリョ・ダ・グラサ・アルキテットス勤務)

イントロダクション
Introduction
リスボンは、その南西から北東にかけて、テージョ川に囲まれた都市である。川岸からほどなく行くと丘陵地となり、斜面には建物が高密に建ち並んでいる。それが川の対岸から見たリスボンの風景を表情豊かなものにしているのであり、丘陵地には数々の展望台が作 り出され、市民の憩いの場となっている。自宅のベランダから、とは言わずとも、川への眺望はリスボン市民が手にしている権利であると言える。
しかしながら、一方でリスボンには水辺空間が乏しい。テージョ川沿いの帯状の地域は、実はリスボン市の管轄外であり、リスボン港湾局 (Administracao do Porto de Lisboa、以下、APL)によって管理されている。さらに、それに平行して幹線道路、鉄道線路が走り、市民にとってテージョ川は文字通り眺めるだけのものとなっている。
1998年に開催されたリスボン万国博覧会の会場となったパルケ・ダス・ナソンイス地区(Parque das Nacoes)やベレン地区(Belem)など、リスボンの川沿いの地域は市民に徐々に開放されてきてはいるものの、いまだ市の中心部では十分といえない。
一方、港湾機能の再編にともない、川沿いには遊休化した港湾施設が数多く存在している。これらの施設の再利用は、そのまま水辺空間の獲得につながり、その再利用の手法は、水辺空間の質を左右する。今回は、その一例として、カイス・ダ・ペドラ(Cais da Pedra)の旧倉庫群の再生事例を紹介する。

サイト
Site
リスボンの川沿いの地域はAPLによって管理されている。APLの管轄地域はテージョ川河口とその沿岸部で、複数の自治体と境界を接している。APLの主な機能は以下のとおりである★1。

・管区内で行なわれる行為に関して監督・管理を行なう
・港湾に最適の環境を創造するために、海上、港湾、陸上のインフラや建造物、サービスを供給する
・商業用、工業用、レジャー、旅行など港湾地区の活動に関連する設備を供給する

したがって、管轄地域におけるあらゆる建設行為にはAPLの許可が必要である。

また、APLは整備計画を作成してリスボン港湾地区の空間計画を行なっており、「リスボン港湾整備計画(Plano de Ordenamento do Porto de Lisboa)」と呼ばれるマスタープランが度々作成されている。リスボン港湾地区を6つの地区に分け、各地区における土地利用計画が考えられており、港湾部の建造物について維持、解体、用途変更などの判断が行なわれている。このように、土地、建物の戦略的な運用が図られているものの、港湾部という場所の性格上、政治的な影響を受けやすく、計画が名目化しやすいのも事実である。
再生されたカイス・ダ・ペドラの旧倉庫群は、リスボンの主要ターミナルのひとつであるサンタ・アポロニア駅(Santa Apolonia)の東に位置する。
改修後のカイス・ダ・ペドラの倉庫群、サンタ・アポロニア駅より見る

プロジェクト
Project
APLは、港湾地区としての機能を維持しつつ、どのようにして市民に水辺空間を開放していったのか。ここでは、カイス・ダ・ペドラの再生事例を通して、その具体的なプロセスを明らかにする。 カイス・ダ・ペドラの倉庫群はもともと、積み荷降ろし施設であり、港湾機能の再編にともない、次第に遊休化していった。APLは港湾地区の数多くのこれら旧倉庫群を所有しつつ、市民へ開放する方法として、「定期借家契約」を各事業主と交わしている。カイス・ダ・ペドラの場合、17年間の定期借家契約で、「既存の鉄骨フレームを利用した改修計画とすること」を条件に改修を認めている。
改修後の用途を決定する際、近隣地区を含めた統合的なアプローチが取られた。リスボンの建築設計事務所、FSSMGNアルキテットス(Fernando Sanchez Salvador, Margarida Gracio Nunes Arquitectos, Lda)により、倉庫群に新しく導入される用途とファサードデザインが決定された。近隣にはリスボン市より「歴史的住居地区」に指定されているアルファマ 地区(Alfama)、グラサ地区(Graca)があり、その地域に不足している美容室、カフェ、レストラン、CDショップ、ブックショップ、インテリアショップなどの用途が導入された。このうち、レストラン「ビカ・ド・サパト」については、FSSMGNアルキテットスが実施設計まで担当し、それ以外の店舗は他の建築設計事務所により計画された。

ビカ・ド・サパトでは、既存のコンクリートの床を撤去し、部分的に新しく床を設けることで、天井高にメリハリのある空間が獲得されている。川に面した部分では高さ約6メートルの開口部が設けられ、日によっては、目の前に停泊する客船のボディで窓全体が覆われることもある。それは、可動式の巨大な間仕切り壁とともに、レストランの雰囲気を構成する要素のひとつとなっている。川沿いのテラス席は透明なガラス板一枚で港湾機能のある地区と隔てられており、テラス席の目前で船舶の修理や積み荷作業が行なわれている。
この旧倉庫群のすぐ北側には、もともと船舶のエンジン修理工場であった建物をディスコに改修したものがあり、計画は同じくFSSMGNアルキテットスが担当した。工場は1920年頃に建設された鉄筋コンクリート造の建物であったが、コンクリートのスラブはいまだ健在であり、躯体全体も十分使用に耐え得るものであった。階段も一部補修をして再利用された。ただし、たくさんの人々が集まるディスコという施設の性格上、避難経路、防音性能などには十分な配慮がなされた。また、音響などの電気設備、キッチンやトイレなどの給排水設備は新規に導入された。平面計画上は移動可能なバーカウンターが特徴的である。バーカウンターは間仕切りとしても機能し、イヴェントの規模に合わせて柔軟な対応が可能になっている。
この両プロジェクトのオーナーは、リスボン一の繁華街であるバイロ・アルト地区でレストラン、ディスコを経営していたが、次第に近隣住民との間に騒音問題を抱えるようになっていた。防音にそれほど気を配る必要のない川沿いの土地はこのような用途には好都合であり、それに加えて水辺空間を獲得できるというメリットがあった。APLへ支払う賃貸料以外に、初期投資として改修費用が必要であったが、工事が終了するまで賃貸料は免除された。カイス・ダ・ペドラの一連の改修プロジェクトは 1998年に竣工している。
左:倉庫群は異なる用途で短冊状に分割されている/右:カフェテリアが併設された食料品店「DELI DELUX」
左:レストラン「ビカ・ド・サパト」の内観/右:港湾地区とはガラスのフェンスで仕切られている
写真はすべて筆者撮影

展望
Conclusion
遊休化した産業施設はナイトスポットへと変貌し、リスボンに水辺空間がひとつ増えたのは事実である。しかし、近隣地区を補うかたちで導入された各種店舗や飲食店は一般庶民にとって高価であり、また、物理的なアクセス環境も決して良いとは言えない。将来的には、旧市街地の中心であるシアド地区(Chiado)からサンタ・アポロニア駅まで地下鉄路線が拡張される予定である。これによってターミナルとしての性格を強めることになるサンタ・アポロニア駅を中心に、カイス・ダ・ペドラの水辺空間と、周辺のグラサ、アルファマ地区を含めた地域的な再生へと進むことが望まれる。
★1──Kalverda, The Port of Lisbon, Analysis of the port and its economic impact upon the region, now and in the future, Utrecht University, 1998.
★2──このレポートは、筆者が行なったリスボン港湾局の建築家Rui Alexandre氏へのインタビューをもとに作成している。

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