Renovation Report 2004.12.20
「東京大学・同済大学合同ワークショップ in 上海」レポート
山代悟(建築家/東京大学助手/ビルディングランドスケープ


里弄を取り囲む街路の風景
2004年9月17日から26日にかけて、上海市同済大学において、都市の再生をテーマにした東京大学・同済大学合同ワークショップが行なわれた。海外でのワークショップの現状の一例として、講師の視点から今回のワークショップをレポートする。

ワークショップ概要
ワークショップ名=「東京大学・同済大学合同ワークショップ in 上海」
期間=2004年9月17日〜26日
場所=上海市同済大学

ワークショップ講師=難波和彦教授、千葉学助教授、山代悟助手、日高仁助手(以上東京大学)、新堀学(ゲスト講師)、黄一如教授(同済大学)
ワークショップ参加者=東京大学学生16名、同済大学学生28名
敷地=上海市中心部の3敷地
用途=集合住宅、商業施設、オフィスなど自由に設定
構造=自由に設定
規模=自由に設定

【 イントロダクション  
  introduction 】
このワークショップは上海の都市再生を都市居住を通して考えようというものであった。歴史的なコンテクストの残っている旧市街地を敷地とし、「里弄(りろう)」と呼ばれる伝統的な集合住宅を大規模に取り壊しながら急速に進められている上海の都市開発のあり方に、なにかオルタナティブを示したいということがテーマのひとつとなっている。それは建物そのものの保存・再生の場合もあるし、建物そのものは新築するとしても、既存の周囲のコンテクストやそこに存在したコミュニティに配慮した計画とすることで、街の構造自体を継承しながら再生するということでもある。

上海では急速な開発が進められている。そのスピードは世界的に見ても過去に類のないものであろう。しかしここで単純に日本の高度成長期のスクラップアンドビルドの状況を想像するのはやや誤りがあると思う。上海では急速なスクラップアンドビルドと同時に、伝統的な建物や街区を保存し、良好な集合住宅に改修したり商業施設として再生している。また郊外へ移転した工場の跡地などの産業施設をギャラリーやアトリエ、カフェへと転用することも進んでいる。そこには成長、成熟、衰退、再生といった直線的な時間の流れだけではなくさまざまなフェーズが共存し、そこに世界中から最新のアイデアやデザインが次々と注ぎ込まれている。
このようなエキサイティングかつカオティックな都市でなにを発見し、提案できるかが求められた。

都市計画館に展示されている上海市の模型 上海中心部に建設されている高層板状集合住宅

【 調査 survey 】 ワークショップはまず敷地の調査分析から始められた。作業は東京大学から2名、同済大学から3、4名の混成チームを8グループ作って行なった。それぞれの大学に留学生もいるため、日本、中国だけではなく、シンガポールやアメリカからの学生も参加して行なわれた。
敷地はタイプの異なる里弄を含む3つの場所が与えられ、参加者は簡単な敷地見学の後にグループごとに敷地を決定し、調査を開始した。3日間の短い調査期間であったが、里弄の外部空間での居住者の行動や空間の使われ方を調査したり、居住者や里弄を取り囲むように建っている商店の従業員へのヒアリングを行なったりした。
中間講評では調査の内容ともに再生へのアイデアがプレゼンテーションされた。
左:里弄の内部のセミパブリックな通路
右上:里弄の通路上は人々の住居の延長として使われている
右下:最新の集合住宅の販売センターの見学



【 提案 proposal 】 中間講評後はグループごとにプロポーサルの作成が行なわれた。ディスカッションは基本的に英語で行なわれたため、必ずしも互いに流暢でない言語で自分のアイデアを説明するのに皆、四苦八苦していた。
ディスカッションを聞いていると、コンセプチュアルで単一の原理で提案を組み立てようとする東京大学の学生に対して、より実際的な提案をもとめる同済大学の学生という傾向があった。これはまだ実際に設計という仕事が必ずしも実感がない日本の学生に対して、学生のうちからアルバイト的に設計の実務に入っていく上海の学生という状況の違いが影響しているのかも知れない(同済大学の学生たちは卒業するとすぐにでも自分のアトリエを構えて仕事を始めることができるそうだ)。

上:ディスカッションは主として英語で行なわれた
下:ワークショップの作業場所となった同済大学のスタジオ


<group 01>
西欧の広場的なパブリックスペースではなくリニアなパブリックスペースを里弄的と捉え、対照的に最低限のプライヴェートスペースを作ることで、公共空間を共有する動機とし、ただ「それだけ」を抽出し残そうという提案
<group 02>[左]
高密に住んでいる住民たちに、既存の路地空間の魅力を引き継いだ低層のより良い居住環境を提案。現在水平方向にしか伸びていない路地空間を、垂直方向にも展開

<group 03>[右]
「パブリックへの入口」かつ「コミュニティーのプライバシーを守る壁」として機能する店舗群と住居の関係性を保存する提案
<group 04>[左]
歴史性に富む既存「里弄住居」を保存しつつ、居住空間を質的に改善する「ヴィールス」としての建築の提案

<group 05>[右]
この敷地にはない建築タイプを中和物的になじませることで、街区全体をリノベーションする提案
<group 06>
里弄住宅を縦方向に3倍にするという操作により、居住面積を上げ、里弄のコミュニティー形成のあり方に関わる重要な場所である路地空間を残し発展させた新しい里弄住宅の提案
<group 08>
極限的な人口密度を保存するために、高密度・低層でありながら通風や採光に適したユニットを繰り返す。層ごとに異なる居住者像を設定しさまざまな居住者の混在した状況を提案
<group 07>
里弄の共用通路の部分に板状の構築物を挿入することで、既存の里弄を再構成する提案

【 そして conclusion 】 今回のワークショップでは、実質10日間という短い期間の間に優れたプロポーザルが作られたと思う。ダイアグラムの提出にとどまりがちなところを、具体的な空間の魅力まで伝えようとする提案も多く、建築の再生を通して都市の再生を考えようとする今回のワークショップはまず成功したといってもよいと思う。

しかし、日本の参加者がなにを学んだのか、という意味において、都市再生のワークショップを上海に出かけて行なったということの意義を考えるといくつかの課題も残ったといえる。無論、参加者は異国での真剣な作業を通じて多くの貴重な体験をしたとも言えるが、彼らの建築的なアイデアや都市を見つめる視点に変化があったか、ということだ。
多くのグループでは、高密な里弄の現状に対して、日本側の学生は各住戸の床面積を小さく限定したままで、多くの機能を複数の世帯で共有するというような提案を行ない、それに対して中国側の学生からはもっとプライヴァシーの確保された広い住戸をという意見がぶつけられていた。これは一人当たり4平米、という劣悪な居住環境を近年では20から25平米といったところまで改善してきた実績が裏づけとしてある。
このような議論だけではなく、さまざまな局面で日中の学生の価値観のずれが表面化した。どちらの意見が正しい、ということではないが、ワークショップのような場では、まず対象となる都市の物理的な状況や歴史的なコンテクスト、建築の詳細な観察だけではなく、その場所に住んでいる人々の率直な希望をまず素直に聞いてみること、そうしたことで普段日本で考えている価値基準とはまったく違う前提に立って考えてみること、そうした態度が必要なのではないか。ワークショップで行なわれる議論はゲームとしてのディベートのように相手を言い負かすことが「勝利」ではない。それまで身につけた「得意技」で相手をねじ伏せるのではなく、むしろいままでとは違う視点やアイデアをいくつ獲得できたかということがワークショップに参加したものの価値を決めるのではないか。そして、そのような姿勢こそがリノベーション、そして都市再生の現場では決定的であると思われた。自分にとっても海外に出かけて行なう初めてのワークショップであり、いろいろと考えさせられる12日間であった。

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