プロローグレクチャー

●「壊す技術」「搬出する技術」の重要性
太田──この建物はそれほど歴史のある建物でもないというところがすごく面白いですね。「ストック」という言葉を使いますが、例えば100年以上のストックがヨーロッパとかにはある。それは言ってみれば「重いストック」で歴史性とか都市的文脈が非常に強かったりするわけです。しかし現在の日本の状況を見ると「軽いストック」のようなものがあって、もちろんそのストックには敬意も払っているんですけれども、このプロジェクトには文脈のことをそんなに怖れなくていいんだという豪快さがあり、とても勇気が持てるプロジェクトだと思いました。
例えば庇を付け替えたり、ドライエリアをつくり直すといった、部分の工事もストックの軽さに合わせて、比重を新しくできる空間に大胆に移動させたような作品に見えました。

▲太田浩史氏
▲松村秀一氏

松村──最近、コンバージョンに関わるいろいろな議論があります。そのときに日本には残すべき建物と、残さなくていい建物があるのだから、それを評価しなければダメだと言う人たちがいます。ある人はそれを歴史的な価値の評価のことを言い、別な人は耐震性に代表される質について言う。僕はそういう意見を聞くたびに「いやだなあ」と思います。上から「建築をわれわれがつくっていく、われわれが価値を見つける」という感じがするからです。「私が残す建物を決める」と言ってチェックリストをつくるわけです。
それに対して、そうした意見に従うとこの建物は壊してよい建物と、上から判断されてしまう建物を対象に、事業を興していく人と建築家が組んで新しい価値をつくっていく仕事というのは非常に重要だと思います。そういう仕組みのなかで、池田さんの仕事をプロの仕事として位置づけることを考えないといけない。
ただ、こうして写真で見ていると、どこまでが池田さんがつくったもので、どこからが違うのかという点がわかりにくい。IKDSが新築でつくったときの表現とは違い、どのように表現していくかという表現の問題がある。普通の作品紹介みたいなかたちで建築雑誌に出てしまうと「池田さん、タイル張りの建物つくっている」ということになる。だから建築の世界で、新しい領域にふさわしい表現方法を考えていかなければならないと思いました。
それから面白かった点は、「壊す技術」と「つくる技術」があって、壊す技術も勉強しなければいけないということです。そんなにいろいろ勉強しなくてもいいのではないかと思ってしまいますけれど、僕はこのプロジェクトが進んでいるときに池田さんと会う機会があっていろいろ話をしました。今日のお話には出ていなかったですけれど、そのとき面白かったのは、ものを搬入するためのあるいは、壊したものを持ち出すための揚重が厳しい条件になってくるから、エレベーターに載せられる部品を用いて耐震補強などを計画することが、新築のときと違って技術的に問題になってくるという話。そういう部品や施工法が十分整っているわけではないから、たいへんだという話をされてましたよね。技術的に新築とはかなり違うんだろうなと漠然とは思っていたけれども、例えば揚重ひとつ、部品の分割ひとつとっても新しいものが求められるということに、やってみて初めて気付くわけです。
池田──ノウハウということでは、外周のキャノピーの話がそれに近いのですが、初めは僕らは揚重のことなんかはよく理解できてなかった。最初にキャノピーの見積もりを出したときに、普通と同じように長いH型鋼をベンドして使う図面をかいて見積もりをとりましたが高かった。高い理由を聞いたら、「こんなものはあそこに持ってこれません」という話で、なるほどそういうところが全部違うんだなと思い、その例として紹介しました。
それ以外でもエレベーターがないので、階段で小さなものから含めて全部もっていかなくてはならず、実は「壊す技術」よりも壊したものを搬出する技術のほうがポイントです。建築技術の半分くらいはものを運ぶ技術なのかもしれません。この場合にも解体するのに、たまたまそこにトップライトがあって都合がよかった。奥田組のリニューアル部に話を聞くたびに勉強になると思ったのは、むしろその壊し方、壊す段取りです。ちょっとした壊す段取りの違いで、かかる経費が違ってきます。もちろんつくるときにも段取りの違いが、決定的に作業性の違いを生んでいると思っていらっしゃると思うんですが、それ以上に壊すときはそういう部分が大きく、しかもその部分が今のところブラックボックスであまり知られていない。特に建築技術者の方に知られていない。当然のことながら、それを考えるとつくる技術のほうも変わってくる。これらがバラバラのことだったら、そんなに勉強しなくてもいいのかもわからないですけれど、こういう実例を前にすると、「壊す技術」と「つくる技術」というのは表裏一体で、その両方を考えていかないと新たなデザイン要素が生まれてこないというのが面白いと思います。

 

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