Renovation Archives[102]
●大学・教育文化施設
[ホテル]
株式会社大林組《武庫川女子大学 甲子園会館(旧甲子園ホテル)》
取材担当=加納浩史(三重大学大学院)
概要/SUMMARY

創建時の外観
提供=学校法人武庫川学院
外観
内部廊下

西ホール

スタジオ(旧食堂)
甲子園会館は、戦前に甲子園ホテルとして建てられた建物である。その後、戦時中は海軍病院、戦後は米軍将校宿舎、その後は大蔵省と管理・所有者を転々と変えてきた。1965年に武庫川学院が取得し、教育施設に改修。さらに1991年には、内装工事/外壁修復/造園工事が行なわれ、2006年、建築学科の教室/スタジオ/図書館などの用途へ改修され、現在の姿となった。
中央部に玄関/フロント/メインロビーを置き、左右に食堂とホールが庭に向かって張り出すように配置されている。その両翼上階には客室群が積み上げられ建物全体を形づくっている。

この甲子園会館には、創建時の設計者である遠藤新が、フランク・ロイド・ライトのもとで帝国ホテル建設に携わった経験が活かされている。水平の板が積層されたような建物の全体形、ボーダータイルとテキスタイルブロックによる仕上げなど、建物のいたるところにライトの影響を見てとることができる。しかし、大谷石より耐久性に優れた日華石の使用、設備の集約による更新への配慮など、独自の工夫が見られる事例でもある。
本事例は、「近代化産業遺産」に認定され、2008年の第17回BELCA賞ロングライフ部門をはじめ、多数の賞を受賞しており、設計当時の風格を今に伝え、多くの人々に親しまれている。また同時に、コンサートや一般市民対象のオープンカレッジが開催され、大学関係者だけでなく広く一般の人々にも利用されている点も高く評価できる。
設計概要
所在地=兵庫県西宮市戸崎町1-13
大学[ホテル→大学]
規模=地下1階・地上4階建
構造=鉄筋コンクリート構造
敷地面積=35,614.75平米
建築面積=2,248平米
延床面積=6,172平米
竣工年=2006年(既存建物:1930年)
築年数=78年
設計=株式会社大林組(既存建物:遠藤新)
施工=株式会社大林組
管理運営主体=学校法人武庫川学院甲子園会館
ウェブサイト=
http://www.mukogawa-u.ac.jp/
~kkcampus/
施工プロセス/PROCESS
1965年当時、大蔵省の管理下にあったこの建物の譲渡に際して、いろいろな提案があった。もう一度ホテルを経営するといったものや、市立の博物館にするという提案である。そのなかでも、武庫川学院がその権利を取得したのには、いくつか理由があったと考えられている。
ひとつは、大学の教育施設として利用するという点で、今後も継続的に施設の運営管理が行なえるということへの評価である。もうひとつは、甲子園ホテル建設時の姿への復元を約束したことの評価である。当時、ホテル周囲の土地は、阪神電鉄が所有しており、大蔵省からの譲渡分には含まれていなかった。武庫川学院はこの約束を守り、1991年の造園工事において、ホテル時の面積には及ばないものの周囲の土地を取得し、庭園の池を再現し外観を水面に映すなど、過去の姿の復元に努めている。
この譲渡先の選定は、現在からみると最良の選択であったということができるだろう。もし、商業施設など他の運営媒体に譲渡されていたら、今日の姿はなかったと思われる。

この建物の耐震改修は、既存の構造を補強するという主旨で行なわれた。この建物は、強固な地盤に建設され、なおかつ、その構造体も設計・施工両面において精度の高い仕事が成されたためである。阪神淡路大震災の際にもヒビひとつ発生しなかったということからも、それはうかがえよう。大規模な構造改修が不必要であったことが、建物を当時の姿のまま見せることに貢献した。また、設備機器の更新は、節目ごとに行なわれてきたが、中央部地下に設備パイプを集約したダクトスペースが設けられているため、工事はスムーズに行なわれた。
ホテルから教育文化施設に移行するため、客室を仕切るいくつかの間仕切り壁を取り払い講義が行なえる教室に、地下の調理室は学生が実習を行なう工作室に改修された。
上:池越しに眺めた外観
中:設備パイプを集約したダクトスペース
下:半地下の工作室(旧調理室)
現状/PRESENT

庭園から塔への眺め

ホールの装飾

ホールの装飾

外壁の装飾
写真=特記以外すべて筆者撮影
■建築の設計において、空間の質を決定するということは、建物全体の評価につながる重大な要因である。それは建築がもつ表情と言えるものであり、それにより来館者は建物に親しみを感じたり、逆に無表情な感じを覚えたりもする。そのなかでも、格調や高貴という質を建物にまとわせるのは、なかなかに困難なことであるように思う。これは、けっして価格の高い材料を使えば実現できるという類のものではない。
この甲子園会館は、格調高い高級ホテルとして建てられた。使われている材料もけっして安くはないが、それだけでなく立体的に展開される平面構成/入念に考え抜かれた装飾/職人の細やかな手仕事の集積が一体となり、この建物の優美な外観、劇的な内部空間を実現させ、訪れた人々を楽しませるのであろう。
昨今、公共建築においても、このような表情をもつ作品は少なく、また求められなくなってきている。しかし、建築に格調を与える、あるいは空間の質を向上させるという技術は、設計者にとって必要な能力であろう。建築を学ぶ時期に、実際に手で触れ、そのなかで生活を送ることは、現在ではたいへん貴重な体験である。また、一般の人々に向けて教育文化の向上を担う用途で活用がなされていることも、この建物のオーセンティシティを考えるうえでたいへん意義深い。
創建時の姿を今に伝える甲子園会館は、そのなかで行なわれる文化活動とも相まって、今後ますますその価値を高めていくことだろう。
(加納浩史)
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