Renovation Archives[101]
●博物館
[博物館]
株式会社大林組《白鹿記念酒造博物館 酒蔵館》
取材担当=加納浩史(三重大学大学院)
概要/SUMMARY

左:震災以前の周辺状況拡大
右上:改修後、建物外観
右中:建物入口側の軒下
右下:展示室



白鹿記念酒造博物館は、この地区において古くから伝えられてきた酒造りに関する資料を展示する博物館である。展示されている灘酒酒造用道具は、兵庫県・西宮市指定文化財となっている。ここでは、日本の生活文化遺産といえる酒造りの歴史を、分かりやすく広く一般に公開してきた。
1995(平成7)年に起こった阪神・淡路大震災は、この地方全体に大きな被害を与えた。この震災で、レンガ造酒蔵を改修した当時の博物館は全壊してしまう。
財団法人白鹿記念酒造博物館は、震災後の混乱のなか、倒壊現場から展示資料を回収し、その保存を進めた。その後、次第に混乱が落ち着いてくると、倒壊したレンガ造博物館に代わり、資料を保管・展示する場が必要とされるようになる。
そこで、当時の博物館敷地の北側にあり、辛うじて倒壊を免れた明治期の木造酒蔵を改修し、新しい酒造博物館として利用していく計画が立ち上がった。

この木造酒蔵の創建年代は不詳であるが、1847(弘化4)年に焼失し、再建されたという記録が残っている。震災当時の酒蔵は、さらに1869(明治2)年の焼失復旧後、数度に亘り増改築を行なったものであった。
しかしなぜ、レンガ造酒蔵が全壊し、木造酒蔵は倒壊を免れたのだろうか。それは、木造酒蔵に接するように鉄筋コンクリート造の建物が建てられていたからである。震災時、酒蔵の北側に位置するその建物に寄り掛かるようにして、木造酒蔵は倒壊を免れたのである。
設計概要

所在地=兵庫県西宮市浜町4番5号
博物館[酒蔵→博物館]
構造・規模=木造2階建「大蔵」(修復・復元)
・鉄筋コンクリート造2階建「大蔵」(補修)
・木造平屋建「前蔵」(新築復元)
・ミュージアムショップ・長屋門(新築)
建築面積=1,360平米
延床面積=1,690平米
竣工年=1998年3月(既存建物:1869年)
設計・施工=株式会社大林組
展示設計・施工=株式会社乃村工藝社
築年数=139年
管理運営主体=辰馬本家酒造株式会社+財団法人白鹿記念酒造博物館
施工プロセス/PROCESS
BankART桜荘 BankART桜荘 この酒蔵館は、「前蔵」(平屋建)と「大蔵」(二階建)から構成されるという、「千石蔵」又は「重ね蔵」とよばれる形式がとられている。この形式の蔵は、灘地方では南向きに建てられる。南側の前蔵は、洗米や蒸米といった作業空間であると同時に、大蔵から夏の暑さを防ぐ役割も担っている。北側の大蔵では、主に醸造の工程が行なわれるため、夏の南側からの暖気を遮断し、また冬の六甲颪の寒風を取り入れやすいよう北側にたくさんの窓が設けられている。

改修では、一部取り除かれていた「前蔵」は再建され、倒壊を免れた「大蔵」は内部空間に鉄骨躯体を挿入し補強する設計となっている。この鉄骨躯体は、木造柱とは距離をとり分節させ、基礎もまた別なものとして施工されている。これにより来館者は修復された「大蔵」と、改修時に取り付けられた鉄骨躯体とを、明確な区別をもって見ることができるようになっている。
BankART桜荘
上:施工の様子
左下:鉄骨柱と木造柱/右下:詳細図
現状/PRESENT
Landmark Project ll
遺構
無音花畑
路地空間「板石道」
Landmark Project ll
内観
無音花畑
内観
■工事時に敷地一部を試掘調査したところ、釜場遺構(米を蒸した場所)と槽場遺構(酒を搾った場所)が発見された。そのため、現在遺構は館内で公開保存されている。この遺構を展示に組み込むことで、スクリーンに映し出される当時の酒造りの様子を眺めながら、その手前に広がる発掘された遺構を見下ろす、という展示構成が実現している。
この博物館では、建物だけでなく建物脇を通っている路地もまた復元されている。この「板石道(荷車が通る部分に平らな石が敷かれた道)」には、「宮水(酒造りに用いられる水)」を運んでいた様子が再現されており、明治期のこの地域の町並みを想像させる展示内容となっている。

「大蔵」の構造補強として挿入されている鉄骨躯体は、白く塗装されている。薄暗く、木材が多く用いられている展示室内部において、この鉄骨躯体は対比的に取り扱われている。強い対比であり、また明確に分節してあるからこそ、見る人は、鉄骨躯体を意識の外におくことができる。このことが、来館者に酒造が行なわれていた当時の内部空間を想像させ、昔の人々の生活へ思いを巡らせる契機となるのである。また、来館者の導線は、この躯体の間を歩くように設定されており、展示品を照らす照明設備もこの躯体に取り付けられている。構造的・設備的要件を両立させるシステムを導入したことで、逆に「大蔵」に過剰に手を加えることなく、保存的改修が成されたということができるだろう。
この操作を、手を加えた部分をそうでない部分から明確に切り分けて見せる手法とするならば、その対極には、手を加えた部分を隠す、また手を加えた部分とそうでない部分を同調的に扱うという手法がある。
リノベーション、特に歴史的価値をもつ建築物の保全・再活用において、どちらの手法を用いプロジェクトをすすめるのか、あるいは、建物のどの部分をどの手法で解くのかは、プロジェクトの方向性と強く関係してくる課題である。この「白鹿記念酒造博物館 酒蔵館」は、そのような観点から見ても、多くの示唆を与えてくれる事例であるだろう。
(加納浩史)
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