Renovation Archives [093]
●文化複合商業施設
[倉庫]
井上商環境設計《北浜alley》《NYギャラリー》
取材担当=渡辺ゆうか
概要/SUMMARY
設計概要
所在地=香川県高松市北浜町
用途=複合商業施設

《北浜alley》
構造=木造 地上2階 
敷地面積=2950.72平米
建築面積=1487.16平米
延床面積=1845.48平米
竣工年=2001年
企画=井上商環境設計
設計=井上商環境設計
施工=井上商環境設計,
空調+衛生+電機=後藤設備工業
照明=宮地電機
厨房=ホシザキ四国

NYギャラリー》
構造=木造 地上2階
敷地面積=641平米
建築面積=526平米
延床面積=726平米
竣工年=2004年9月
企画=井上商環境設計
設計=井上商環境設計
施工=井上商環境設計
・空調・衛生・電機:後藤設備工業
・照明:宮地電機
・厨房:ホシザキ四国

建物サイン


《北浜alley》外観


パイロット事業「Naja」(ナージャ)を始めた木造2階建ての元JA香川事務所。現在も同場所でショップ、カフェは継続運営されている


《NYギャラリー》外観


《北浜alley》の発展により、現在行なわれている海岸整備工事風景
香川県JR高松駅周辺で進む開発高層ビルを抜け、海沿いを東へ向かうこと10分弱、錆び付いた倉庫群が立ち並ぶ。高松市北浜町に残る倉庫群が複合商業施設《北浜alley》★1としてオープンしてから6年の歳月が過ぎようとしている。海運船荷の集積倉庫街として賑っていた北浜町は、瀬戸大橋の開通や90年代に行なわれた倉庫移転の影響を受けゴーストタウンとしてのイメージが定着し、老朽化が進んだ倉庫は取り壊されていく一方だった。消えゆくかつての景色を残そうと、商業施設を多く手がける地元建築家の井上秀美・雅子夫妻が、JA香川が所有する倉庫を商業施設として転用するプランを提案する。倉庫の用途を模索していたJAの同意も得られ、2001年に《北浜alley》がスタートした。これを機に波及するように近隣の古い民家も店舗、オフィスなどに改修されはじめた。第2期工事として《北浜alley》から徒歩3分ほど離れた倉庫を使用し、ギャラリー、カフェ、花屋、缶詰バーなど10店舗からなる《NYギャラリー》を展開させた。近年、申請していた海岸整備も着工され、将来海岸沿いに遊歩道が完成する予定だという。改修から店舗設計、運営、テナントのプロデュース、環境整備までをこなす井上夫妻の試みに建築家の新たな再開発のあり方をみる。
★1──「alley」=「狭い通り」「横町」「路地」などを意味する
施工プロセス/PROCESS
はじめに、井上夫妻は1943(昭和18)年に建設された木造二階建ての元JA管理事務所を借り受け、パイロットショップとしてアジアン・アンティークショップ「Naja(ナージャ)」をオープンさせる。外観はそのままに雨漏りなどの補修と二階の床を一部取り除き、吹き抜け空間を活かした店舗を展開し手応えをつかんだ夫妻は、北浜倉庫群全体を本格的に再生させる開発プランをJA側に提案した。「倉庫を現状のまま残す」「人が集まる商業施設に再生する」「文化的な貢献を果たす」といった3つの理念をもとに、「既存不適格」建築物としてJA側から倉庫群を借り受け工事を着工する。主として増床はせずに構造補強のみ、既存開口部、内外壁を残し、水害に対しての対策として500mmのかさあげ、漏水補修工事、電機、水道、ガスなどのインフラの整備を請け負うと同時にテナント募集、オープン後の管理まで総合プロデュースを一括して行なった。口コミで50件以上の問い合わせがあり、2001年3月までにカフェ、レストラン、バーなど計8店舗が開店した。はじめの2-3年はイベントも盛んに行ない若者が多く集う場所だったという。6年目を向かえ、幅広い年齢層の住民で賑わいをみせている。限られたコミュニティーのなかで「口コミ」の影響力は大きく、場の話題性のみならず信頼を得ようとする各テナントの地道な努力が今日を支えている。
左:一階店舗「Naja」から階段を上がると、自然にカフェ「Naja's dozy」に繋がっている
右:二階カフェ吹き抜け部分から一階の様子を伺うことができる
左:第1工期でオープンしたカフェ「umie」(ウミエ)。インテリアをグラフィックデザイナーのオーナーが総合プロデュースし、事務所も併設している
右:umie店内。瀬戸内を眺めながらコーヒーを楽しむことができる
左:ショット・バー/カフェ。「黒船屋」店内風景 
中:1階の美容室「バドゥ」囲むように、「黒船屋」の内装設計がされている
右:NYギャラリー内部
《北浜アリー》平面図
B=Naja(輸入家具、雑貨)
C=Naja's dozy(カフェ)
D=Vadoo(美容室)
E=黒船屋(ショットバー・カフェ)
F=Izara-Moon(創作アジア料理)
G=Naja plus(雑貨、デザイン家電)
H=Brasserie Cantina(レストラン・バー)
I=RAG-STYLE(アジア雑貨)
J=Umie(カフェ・デザイン事務所)
K=SHANTi (衣料雑貨)
《NYギャラリー》平面図
A)cho u cho(コスメショップ)
B)WORKS(ジーンズカジュアル)
C)祈-inori-(アパレル販売)
D)Peeka-Booyah(子供服・靴)
E)NY cafè(カフェ・缶詰バー)
F)GRACE MARKET(フラワーショップ)
G)Lapis Blue(洋服・アクセサリー)
F)Luffy レディスファッション

北浜アリー断面図
現状/PRESENT

室外機も外観を壊さないように処理されている

倉庫中央に設置されたパティオ(中庭)に残る屋根の骨組み。ベンチは設置せずに花壇に腰掛ける機能が加えられている。建物の存在感、店舗から漂う匂い、賑わいがサインになるとして大きな文字のサインの設置はされていない

パティオ。夜の風景

看板照明、店舗内部の明かりが路地裏を照らす街灯の役割を果たしている
《北浜alley》プロデュースを手がけた一人、井上商環境設計副所長・井上雅子氏
「ものめずらしさの時期から、地元の方に指示されることでここまで継続することができている。これからは、本当に必要な場所として焦ることなく自分達のペースで歩んで行きたい」と、芯のある言葉を穏やかに頂いた
■井上夫妻が描いた《北浜alley》構想にとって、サンフランシスコのフィシャーマンズワーフ(Fisherman's Wharf)で展開されている複合商業施設ピア39(Pier 39)の体験が強く影響しているという。キャナリー(Cannery/缶詰工場跡)、ギラルデリ・スクエア(Ghiradeli Square/チョコレート工場跡)、フォートメイソン(Fort Mason/軍の施設)などを商業施設、博物館に改修した活気ある町並みを肌で感じたこと、そして商業施設を多く手がける建築家としての長年の経験が朽ち果てた倉庫の可能性を開いた。初期投資額を最小限に押さえる工夫として、中央の倉庫1棟を骨組みにしパティオ(中庭)を設け3棟分の延床面積を分割している。1棟あたりの延床面積を500平方メートル以内に収めることで膨大な経費がかかるスプリンクラーなどの防災設備は免除される。こうした努力が、坪当たり3,500円という中心部市街地の約1/5程度にあたる格安賃貸料を可能にし、やる気のある若い経営者に門戸を開き、実績を上げている。とはいえ、築50年以上も経過する倉庫に最小限の改修のみ、テナントには現状貸しを提示。雨漏り、すきま風、台風などによる水害などの対策は、各テナントの自己責任としているため、強い信頼関係、場所の魅力なしでは成立不可能な条件といってよい。

井上夫妻が歩んできたプロセス、場のあり方、活動の広がり通じて、「再開発とは、人を開発する」というトップダウンの計画では忘れられがちな言葉が鮮明に浮かんだ。
(渡辺ゆうか)
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