Renovation Archives [090]
●展覧会会場
[煉瓦倉庫(酒蔵)]
「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」
取材担当=欠端朋子
概要/SUMMARY
設計概要
所在地=青森県弘前市吉野町2-1
用途=展覧会会場
構造=木造+鉄骨造+煉瓦造
規模=地上2階
建築面積=4,140.45平米
竣工年=2006年(既存住棟:1925年)

[YOSHITOMO NARA + graf A to Z]
会期=2006年7月29日〜10月22日
主催=AtoZ実行委員会
公式ホームページ
http://harappa-h.org/AtoZ/


上:正面外観住宅地や商店街が混在する地区に建つ吉井酒造煉瓦倉庫。展覧会開催にあたって躯体に手は加えられていないが、チケットブースやカフェテラスなどがあらたに設置されている
下:側面外観吉井酒造煉瓦倉庫は戦前、東北最大規模の酒造所であった。現在も定期的なメンテナンスが行なわれている
大正期に建てられた赤煉瓦倉庫をアーティストの展覧会会場へと活用した事例である。青森県弘前市の中心部に位置する吉井酒造煉瓦倉庫は、吉井酒造株式会社がシードル(林檎酒)醸造のため1925(大正14)年に建設した大規模な酒造所である。長きに渡り周辺地区のランドマークとして親しまれてきたこの倉庫を、弘前市出身のアーティスト・奈良美智氏が自身の個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」(2002)の会場として使用したことに端を発し、2005年の巡回展「Yoshitomo NARA From the Depth My Drawer」を経て、今回の開催に至った。奈良氏は2003年以降、クリエイティブユニット・grafとチームを組みながら、自身のドローイングや彫刻作品を、廃材を使って建ち上げた「小屋」とともに展示するという独自のスタイルを育んできた。奈良氏の展覧会会場としては過去2度に渡り使用されてきた吉井酒造煉瓦倉庫であるが、今回はそうした活動の集大成とも言えるプロジェクトの舞台として、重要な役割を担っている。「YOSHITOMO NARA + graf AtoZ」と名付けられたこの展覧会では、3年の歳月に渡り国内外で作り上げたものに加え、5カ月間に渡る現地制作によるものを含めたAからZまで26の小屋を集結。さらにいくつかの小屋を作り加えながら、2006年夏、倉庫の大空間の中に街並みのように小屋が立ち並ぶ風景がついに誕生した。また今回の展覧会では、弘前市を拠点としたアート関連のNPO法人のメンバーや県内外から集まった有志など、企画・運営をすべてボランティアスタッフが行なっている。まさに「この展覧会がやりたい」という人々の強い想いが集結し、実現したプロジェクトである。
施工プロセス/PROCESS
本展覧会開催にあたっての構造的な補強や改修工事は一切行なわれていない。展覧会への使用はあくまで一時的なものであり、展覧会終了後は元の状態に戻して吉井酒造オーナーへと返却される。そのため、内壁に施されたシードル醸造のためのタール塗装や、剥き出しの鉄骨やかつての修復の跡など、倉庫本来の姿がそのままの状態で保持されている。倉庫は普段から吉井酒造株式会社のオーナーによって継続的な維持管理が施されており、建築的な操作としては安全対策のための階段手摺や、落下防止用ネットの設置に留まる。煉瓦倉庫は建築基準法上既存不適格建築物に相当するため、躯体に手を加えた場合法規的理由から全面改修の義務が発生してしまう。しかしこれを避け建築確認申請の抵触を防いだことは、金銭的負担を避けると同時に倉庫の質感を保持するという点においても重要な意味を担っている。
会場は倉庫1階および2階の展示スペースのほかに、カフェやミュージアムショップ、休憩スペース等も併設されており、会場の随所に40以上の小屋が散りばめられている。「その土地にあるものを使用する」というコンセプトから、過去の展覧会のために製作された小屋はいずれも現地調達された廃材を利用している。今回の「YOSHITOMO NARA + graf AtoZ」であらたに建て加えられた小屋も弘前の廃材業者から調達した廃材を用いており、奈良氏とgrafメンバー、ボランティアスタッフの手によってセルフビルドされた。
左上:1階展示スペース
AからZまで名付けられた26の小屋が密集して立ち並び街並みを形成している。来場者はオープンから2カ月を経て5万人に達した
右上:1階展示スペース
小屋と小屋の間には路地のような空間も生まれている。作品の放つ独特な風合いや来場者の賑わいによって、会場は有機的な雰囲気に包まれている
左下:1階通路
展示スペースの緩衝帯である通路にはやさしく光が漏れる
左:休憩スペース
前方奥に外の風景が垣間見える。全体的に倉庫の構成を上手く取り入れた空間構成となっている
右:1階展示スペース「タイル部屋」
会場内では奈良氏やgrafと交流の深いアーティスト達とのコラボレーションも行なわれている。写真のテントは川内倫子氏によるもの
左:2階展示スペース
培養室や研究室など、シードル醸造所としての独特の空間も楽しめる。力強い屋根の小屋組も美しい
右:2階展示スペース奥
過去2度の展覧会では使用されなかった2階のスペースも使用。小屋が密集する1階に対して、2階は広々とした空間が広がっている

写真はすべて筆者撮影
現状/PRESENT
■あらたな再生のかたち/AlternativeRenovation
今「YOSHITOMO NARA + graf AtoZ」の中心メンバーのひとりであるgraf豊嶋氏は、今回のプロジェクトを経て「次の活動へ向けてのさらなるイメージが広がった」と語る。プロジェクト発足当初、煉瓦倉庫とどう関わっていくか、歴史的建造物をどう捉えるかということについて、あまり意識はしていなかったという。しかしながら、奈良氏の故郷である弘前市に吉井酒造煉瓦倉庫という大空間があったこと、展覧会へかける人々の想いが集約したことなど、さまざまな偶然、あるいは必然が重なり、この場所でしか成し得ないようなプロジェクトが現実のものとなった。現代アートと近代の煉瓦倉庫の融合によって誕生した「3カ月間だけの架空の街」は一見ファンタジックでありながらも、その一つひとつの作品は日常生活の断片のような、どこか懐かしいイメージを喚起させる。土地の記憶や人々の記憶が染み付いた素材を用いて建てられた小屋と、その小屋が織り成す自然発生的な街並みによって、倉庫の内部はやわらかな雰囲気で満たされている。
本事例はいわゆる建築的リノベーションとは違い、アートイベント、つまり極めてテンポラリーな場の再生としての意識的リノベーションである。既存躯体への建築的・技術的操作はなされていないものの、既存の空間構成を巧みに取り入れながら倉庫内部にまったく新しい風景を作り上げている。近年煉瓦倉庫再活用の動きが活発化するなか、このプロジェクトは「煉瓦倉庫の再生」というカテゴリーにあらたな発見と可能性を与えてくれる事例であろう。リノベーションとはある意味で、過去の記憶を手繰りながらそこにあらたな揺さぶりを掛ける行為であるが、本プロジェクトは「記憶としてのリノベーション」として人々の心に深く刻み込まれることであろう。
(欠端朋子)
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