Renovation Archives [089]
●蔵[多目的イベントスペース]
《桐生市有鄰館》
取材担当=渡辺ゆうか
概要/SUMMARY
設計概要
所在地=群馬県桐生市本町2丁目6番32号
用途=多目的イベントスペース
敷地面積=約3,700平米
企画・運営:桐生市


上:桐生市有鄰館入口
下;通りに面して並ぶ有鄰館(矢野蔵群)。本町2丁目にはいるとすぐ に昔の面影を残す矢野商店、奥に煉瓦蔵が見える
■桐生市有鄰館(以下、有鄰館)は、3,700平米の敷地に江戸、明治、大正、昭和につくられた土蔵、煉瓦蔵による建築群をイベントスペースとして活用し、町並み保存へと働きかける事例である。場所は群馬県桐生市。浅草駅から東武鉄道で約1時間40分、栃木県と接した関東平野の北端に位置している。この地域形成されたのは1592(=文禄元)年から1606(慶長11)年、桐生天満宮から始まる大通りの両端を間口7間、奥行き40間で区画し、1町32間の横町が本町1丁目から6丁目まで作られた。1937年に決定された都市計画により道幅を現在の10メートルから18メートルにする拡張事業が本町3丁目から6丁目にかけて実施され、古い町並みの姿は消えてしまう。1992年、有鄰館にある煉瓦蔵で「桐生の町づくりフォーラム」が開催された。これを契機に道路拡張予定地区であった本町1,2丁目の町並み保存の意見が市民のあいだで一気に高まり、それまで進められてきた計画が見直されることとなった。活動の発端となった有鄰館は、1717(享保2)年に近江商人・矢野久佐衛門が桐生に移り住み、1749年に2代目が現在地に矢野商店を構え、規模拡張とともに蔵を増設した形状が現在に至っている。近代化が進むにつれ、蔵としての役割を終え、ほとんど使用されない状態が続いていた。1992年、矢野本店の移転を契機に、市が矢野家の敷地に隣接する煉瓦 蔵、土蔵など11棟を借り入れ、市民と市教育委員会で構成された有鄰館運営委員会を発足する。町並み保存の第一歩として、多目的イベントスペース「桐生市有鄰館」はこうして始動をはじめた。

道路拡張が完了している本町3丁目の町並み

本町二丁目の町並み

古い蔵が通りに面して隣接している
施工プロセス/PROCESS
明治23年に制作された銅版画
提供=桐生市有鄰館
■敷地は、本町通りに面して7間の3倍にあたる21間(=38メ ートル)、奥行き60間(=約110メートル)、桐生の通常の区画から20間ほど奥まり、縦長にのびた形状をしている。江戸、明治、大正、昭和と 時代別の蔵が立ち並ぶなか、改修よりも修復に重点を置いた工事が行なわれた。建設当初のように「キレイ」に修復とするいうことではなく、あくまでも時代の変遷を感じさせることが重要視されている。大規模な操作として全蔵の屋根を瓦に変え、床が土だった煉瓦蔵にモルタル下地を打ち対応している。耐震補強と照明機具を配置し多目的スペースとして必要な強度と照度を確保している。事務所スペースを設け、トイレなどの設置の為に塩蔵の一部を改修。塩蔵では、塩が壁からふいている状態がわざと残されている。こうした痕跡を「汚い」ものとして一掃してしまうのか、建物の歴史として残すかどうかの各蔵の改修のさじ加減が難しいところだったという。あくまでも現状を維持するという方向性は開館当初から一貫した方針だ。
上:配置図/下:各建築データ詳細
出典=桐生市有鄰館
左:醤油蔵と塩蔵の奥には御神木が今もそびえる
右:穀蔵入口部分。空間性を保つためになにをどこまで補修するのかが、現在も焦点となっている
現状/PRESENT

第6回有鄰館芸術祭  受付風景

煉瓦蔵入口

衣服造形家・眞田岳彦氏による身体と心を繋ぐPrefab Coat展。内部

左=蔵として使用されていた当時の名前がそのまま使用されている
右=prefab coat展示風景。多目的スペースとしてモルタル、照明などの 整備され、広々としたギャラリーに配置された作品

左=テキスタイルプランナー・新井淳一氏による展示風景。壁には塩が吹 き出ている
右=造形家・熊井恭子氏による味噌蔵での展示風景
■第6回有鄰館芸術祭の初日、「時を読む布」と題しテキスタイルや布に深く関 わる作家、新井淳一氏、熊井恭子氏、眞田岳彦氏の3人が作品を展開してい た。主催は、桐生市教育委員会と桐生市有鄰館運営委員会、そしてキュレーシ ョンは日本デザインコミッティー・土田真理子氏が勤めていた。開館当初から イベントスペースとして解放されて以降、演劇、美術、音楽などさまざまな用 途で使用され、年を追うごとに年間利用者の数は増えている。開館当初は、5,000人ほどの利用者だったが、去年は70,000人を超えた。

左:鋸屋根風景
右=桐生市・まち歩きマップ。本町一丁目、二丁目に残されている建造物 を歩いてまわることができる
提供=桐生市有鄰館

特記以外すべて筆者撮影
■本サイトでも取り上げた横浜の歴史的建造物を使用したBankART1929事業、越後妻有トリエンナーレの「空家プロジェクト」など、行政と民間組織が持ち味を活かしながら、新しい展開を見せている事例を取り上げてきた。本館での展示も地元の組織力と外部の力を有効に取り入れたことで、質の高いものに仕上がっていた。外部の力は、いろいろな意味で地域に刺激を与える。意識向上を計り、ネットワークの構築など広がりを持たせてくれる。地域のなかの開かれた場所としては、有名、無名に関係なく規模の大きい展示から地元高校生の送別会まで、自由に使用できる身近なスペースとして有鄰館は存在している。

桐生が保有する建造物のポテンシャルは高く、本町1,2丁目に残る蔵や歴史的建造物以外にも近代遺産が点在している。鋸屋根の織物工場は市内に300棟以上確認されており、稼働率は30%に落ち込んでいる。ショールームやアトリエなどに改修されたり、東京藝術大学もレジデンス施設、ギャラリーとして工場跡を使用した活動を展開しているが、多くの工場跡は使用されていない状態が続いている。桐生には、コンパクトでありながらほかの土地には見ることのできない固有な要素が豊富にある。地域間の連携や関係性はどの事例でも問題の焦点となっているが、有鄰館をはじめ桐生で行なわれている一連の活動が上手く結びつく糸口を見出した時、この町はものすごい力を発揮する気がしてならない。さらなる桐生のあり方に期待を寄せたい。
(渡辺ゆうか)
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