Renovation Archives [068]
鈴木弘二(鈴木弘人設計事務所)+佐藤忠幸(建築工房DADA)
●テナントミックス(飲食・物販・ギャラリー)
[酒造・住宅(橋平酒造店)]
《醸室(かむろ)》
担当=馬渡 龍(鈴木弘人設計事務所)
概要/SUMMARY
■日本人が日本酒を飲まない。この現象が、昭和30年代には4千蔵あった酒造を現在では半数にまで減少させ、淘汰の波に直面させている。
寛政時代より代々と続く橋平酒造店の建造物は、悲恋の歌枕として詠われる緒絶川の風景と深く関わり合い古川市民に親しまれてきた。この歴史的建造物も、酒造りの灯火が立つことなく新しい活用の方向性が模索されることになった。
「醸室」は、行政・商工会議所・民間商工業者が出資する第三セクターである。事業化には「醸室」が橋平酒造店からこの建物を譲り受け、国の中心市街地活性化を対象とした交付金を元に建物を改修、複合テナント施設として広く市民に活用されることで、隣接する中心商店街再生への足がかりとなることを目的としている。

地元の食文化発信をコンセプトに、地域の特性上、経営持続性が見込める飲食店を主体としたテナント構成とし、テナントへの賃貸とイベント収入により事業収支を成立させている。リフォームは、古くは寛政期に建てられ損傷の激しい蔵の「蔵らしさ」を取り戻すべく補修や意匠復元が行なわれた。
当初から、第三セクターでありながら民間商工業者を経営主体とし、経営陣の商工ネットワークを活用しながら地元にこだわった出店誘致を続けてきた。こうした大手チェーンに頼らない地道なテナントリーシングを展開してきた「醸室」の運営は、地元の固定客を根付かせながら、近郊や遠くは関東圏からの一定した来場者を得る結果となっている。
左:改修前の橋平酒造店。左に緒絶川が流れる
右:改修後。夜はライトアップされ古川の新しい名所となっている
写真=hana factory
設計概要
所在地=宮城県古川市七日町3-10
用途=複合テナント施設(以前は酒造・住宅)
構造=木造
規模=地上2階
敷地面積=2,466平米
建築面積=973平米
述床面積=1,372平米
竣工年=2005年(既存1800年ごろから)
設計=鈴木弘人設計事務所
施工=村田・斉藤共同企業体

寛政期に建てられた最も古い蔵は気仙大工の手による。現代の大工・塗装工・左官工の技で復元された
施工プロセス/PROCESS
改修前は十数棟の蔵を大屋根が縫うように架けられていた。近所の子供達にとってはここがかくれんぼのメッカだったとか
蔵の魅力を売りとする施設であることから、経年損傷や構造的な欠陥の補修、意匠復元により蔵らしさを取り戻すことがリノベーションの主要部分を占めた。
意匠復元は建設当初再現を原則に、損傷した部分や戦時の攻撃回避のため黒塗りされた蔵は、大工・左官・塗装職人によって復元された。一方、土壁や屋根など大きく損傷し風雨を凌げない部分は撤去し、予算上やむなく鋼板等による葺き替えを行なったが、モノトーンと面格子というデザインコードを設定することで、全体の統一性を確保している。
左:改修前の釜場。奥の蔵は戦災を逃れるために黒く塗られた
右:レンガの蔵は麹室だった。出荷用のケースや瓶が所狭しと並ぶ
左:酒造蔵は大屋根の梁に引張られ傾く。また土壁も痛みが激しく撤去し鉄板に新たに葺きかえることになる
右:レンガの蔵は無窓となることから、切り欠いて採光用の窓が取られた
左;屋根の解体後、蔵の損傷具合が始めて確認される。ここから具体的な耐震補強や改修内容が確定していった
右:やむなく鉄板が張られた外壁。モノトーンと面格子というデザインコードを設定することで全体の調和を保っている
現状/PRESENT
上左:緒絶川の向こうに醸室の蔵が立ち並ぶ
上右:蔵開きの写真。醸室のオープンを待ちわびる市民が大勢集まった

中左:「おおさきうめえもの市場」と名づけられた酒造蔵は大崎地方の名産品が並ぶ
中右:母屋の2階には古民芸や人形を扱う店が入る

下:母屋にかかる看板も綺麗に塗装を施した。「上諸白」はつくり酒屋の印
■《醸室》は過剰な投資や広告・宣伝を用いないスローな開発を基調に、オープンから約半年が経過した。当初から民間商工業者を主体とした運営方針を貫いたことが、行政が主導する従来の第三セクターの弊害を回避し、継続的な運営を可能にしている。
特に「醸室」が事業の核にする、地元名店の誘致という側面においては、経営陣の商工ネットワークが最大限に活用され、大手フランチャイズの手を借りないテナント構成に成功している。また、行政の交付金を受け、半公共的施設の意味合いをもったことで、開業に必要なイニシャルコスト(特に内装改修費)が軽減され、資金的に不利な若手起業家の育成にも繋がっている。
一方で「醸室」が大きな命題とする中心商店街の活性化に対しては、来場車輌の受皿を、点在する商店街駐車場に担わせることで、商店街への立ち寄り効果を促している。また、商店街と競合する飲食店は差異化したことから、休日需要やはしご利用といった新たな需要を生み出し、商店街へのシナジー効果を発揮している。
(馬渡 龍)
Archives INDEX
HOME