Renovation Archives [051]
一級建築士事務所マヌファット、一級建築士事務所堀之内建築事務所
●事務所、ホール、ギャラリー[醸造用の蔵] 《正田醤油本社屋》
取材担当=吉岡誠生

概要/SUMMARY

■群馬県館林市の醤油醸造会社・正田醤油に残る蔵を改修した事例。広大な敷地内には、嘉永6年(1853)に建設された正田記念館(もとは醤油を販売する店鋪)や地元の稲荷神社が残っており、歴史的な趣がある。明治末期から大正初期にかけて建設されたこの蔵は昭和40年代まで醸造用に使用された後、簡単な改修がされて会社の倉庫として使われていた。平成13年(2001)、敷地の区画整理をきっかけに蔵の解体の話が持ち上がり、梁の古材利用を計画していた。ところが地元の設計者を招いて行なわれた古材利用の意見交換会では、歴史的に価値のある建物自体を存続させてはどうかとの意見が多く、同時期に検討されていた新本社屋建設の計画とあいまって、この蔵を再生して本社屋とする運びとなった。改修されたのは6号蔵、8号蔵と呼ばれていた2棟で、長辺約60メートルの6号蔵は多目的ホール+ギャラリー、長辺が約100メートルある8号蔵は事務所棟として再生された。施工は建主の希望によりゼネコンに発注しているが、工事の中心となっている木工事、左官工事、瓦工事に関しては質を確保する目的で指定業者へ発注した。これによって改修工事は大工・左官工・瓦工、加えて木材支給のネットワークを活かした改修となった。
左:かつての蔵の様子(大正から昭和のはじめ)
右:
北側より全景
左:改修前の内部
右:改修後、多目的ホール
設計概要
所在地=群馬県館林市栄町3-1
用途=事務所、ホール、ギャラリー
構造=木造、一部RC造、S造
規模=地上2階
敷地面積=15,651,20平米(区画整理事業後14,068平米)
建築面積=2464.31平米
延床面積=2659.27平米
(1階:2477.19平米/2階:182.08平米)
建築年月日=明治末期から大正初期
リノベーション年月日=2004年11月
設計・監理=マヌファット+堀之内建築事務所
構造=山辺構造設計事務所、東洋大学工学部建築学科松野研究室(常時微動調査、木材強度検査)
設備=テ−テンス事務所
施工=清水建設、河本工業建設共同企業体
木工事=風基建設
左官工事=白石左官工業
瓦葺工事=五十嵐清、甘楽福島瓦共同組合
木材支給=ぐんま・森林と住まいのネットワーク
施工プロセス/PROCESS
1、改修前の状態
蔵の平面は細長く、平屋であるが階高が高い。その基本架構はトラスの上屋に登り、梁の下屋が両袖に取り付くというものである。部材は概ね健全であったが、柱の傾斜が見られた。また外壁、屋根ともに損傷が目立っていた。
左上:上屋の小屋組は変則的なキングポストトラス
右上:改修前の北側外観
左下:蔵から倉庫へ改修されたときに設けられた鉄骨梁。この改修の時に上屋の柱が1本おきに切断されていた
右下:外壁の状態、土壁下地モルタル塗りであったが損傷が激しい
2、構造補強
建設当初の架構に近付けること、木材のみの架構システムを踏襲して補強することがおおまかな構造補強の方針となった。外周部の部材は新規の部材へ交換になることや基礎梁設置の必要性から下屋部分は一度解体した。その間に上屋を揚げ家して無筋であった既存の土間コンクリートの上に鉄筋コンクリートの基礎を打つという大掛かりな工事が行なわれた。主要な接合部にはアフタイト
★1を使用し、目立たぬよう配慮している。その他、妻面の耐風処理、登り梁補強、野地板を張った屋根面の補強などが適切に行なわれた。
★1――アフタイト
鋼棒を木材の中に埋め込み各部材を接合する方法。従来の金具のようにむき出しにならないため、木組みの架構を美しく見せることができる。ビスや釘を用いないため組み立て解体とも簡略化していて、解体時には木材の破壊を最小限に留めることができ、木材のリサイクルも可能となる。
左上:切断されていた上屋柱の根継ぎ。鉄骨梁の補強は取り除いている
右上:下屋の登り梁を解体中
左下:上屋を揚げ家している
3、設備計画
設備計画は木造架構の美しさを最優先するため、事務所へ転用するにあたって必要となる諸設備はなるべく目に付かないようにする方針となった。とりわけ空調に関しては天井高が高く温度差が付き易いため、床空調システムが採られた。ここで採用されたのは「フロアフローシステム」である。これは通気性のあるタイルカーペットを通気口の開いたGRC二重床の上に敷き込み、空調室全体の床から非常に低速度で室内へ均一に給気する。上昇気流とともに汚れを排除しながら空気を置き換えていくことができる。ここでの二重床は配線スペースも兼ねている。
左上:筋交いによる水平耐力の補強
右上:瓦、杉皮の除去
左中:外壁の土佐漆喰を施工中。既存外壁が漆喰だったため、左官工事ではこれを踏襲した
左下:新規の瓦葺き
右下:改修現場全景
左上:配置図拡大
右上:平面図
拡大
右下:立面図
拡大
左:断面図(A棟)拡大
右:断面図(B棟)
拡大
現状/PRESENT

エントランス

事務所棟南面

事務所棟西面。
仕上は色合いが柔らかく年を経るにつれて強度が増す土佐漆喰

事務室

ギャラリー

アトリウム
■職人の地場のネットワークは日本のものづくりを支えてきた基盤であったが、生産体制の変化や不況の影響でかつての繋がりが消えようとしている。伝統木造の建物を改修した《正田醤油本社屋》では、大工・左官工・瓦工のネットワークが重要な機能をはたし、その有効性を再確認させられた。具体的に見てみると、木工事では設計サイドから指定された風基建設が取り仕切り、大工の手配や材のチェックなどを行なった。人手が足りない工程では群馬県の文化財を専門に手掛ける町田工業、とくに屋根の野地板張りではさらに他の木工事を得意とする会社が入り、計37人の大工が参加した。左官職人の白石博一氏からは外壁の土佐漆喰をはじめ、内壁の漆喰仕上げに関して多くの提案があった。瓦は達磨窯★2で瓦を焼く五十嵐清氏が1年間かかりきりで取組み、氏の紹介である甘楽福島瓦共同組合が瓦葺きを行なっている。既存瓦は約1万2000枚を再利用し、新規の瓦は約3万7000枚を葺いている。
そもそも地場ネットワークが衰退している根底には若い職人の減少という技術継承不全の問題がある。建物の保存・改修と同様、それを担う高度な職人技術が継承されていくことが望まれる。国土交通省では、伝統構法による木造住宅の生産体制の再構築とそれを担う大工職人の育成を目的とした国家プロジェクト「大工育成塾(主催:財団法人住宅産業研修財団)」を平成15年(2003)よりスタートした。また松村秀一東大助教授が代表理事を務める建築技術支援協会PSATS(サーツ)では熟練技術の継承を目的として教育普及活動や技術支援が行なわれている。
ところで本事例のもうひとつ重要なネットワークとして、地域の木材を支給した「ぐんま・森林と住まいのネットワーク」が挙げられる。群馬の木材を使い気候風土にあった丈夫な家をつくるためのネットワークで、林業、製材業、建築業、設計事務所などが参加している。こうした地域材の供給ネットワークは、木材需要のうち2割に留まっている国産材の需要促進のひとつとして、各地で推進されている。これは農山村の活性化にも繋がる可能性がある。
★2――16世紀頃に成立したとされる小型の窯で、いぶし瓦を焼成するのに使われてきた。側面から見た時に達磨に見えるのが名前の由来。現在では、ガス窯が主流となったため、全国的にほとんど残っていない。手作業が入るため時間がかかるが、出来上がった瓦は艶が美しく、調湿性に優れる。
(吉岡誠生)
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