Renovation Archives [042]
大野秀敏+アプル総合計画事務所
●多目的観光施設[税関庁舎] 《北九州市旧門司税関》
取材担当=福田啓作

概要/SUMMARY


上:改修前東側外観
右:改修後東側外観
明治32年(1899)に門司港が一般開港に指定され、その後42年(1909)に門司税関が発足したのを契機に、明治45年(1912)、明治期建築界を代表する建築家・妻木頼黄による指導および建築技師・咲寿栄一により設計された。昭和初期まで税関庁舎として利用、その後民間に払い下げられ、事務所ビルとして利用されていたが、後に老朽化のため倉庫として転用された際に、海側両翼部および内部2階の床組から内装に至るまでのすべてが撤去され、建設当初の面影を残さない姿にまで荒廃していた。しかし、妻木頼黄監修による建物で、現存するものであること、残された御影石の装飾等から、この建物が優れたものであり、門司港地区に残る多くの歴史的建築群の中でも、明治時代の赤煉瓦として特に貴重なものであることが確認され、門司港港湾地域活性化のため、北九州市港湾局が建物を収得。九州芸術工科大学片野博助教授(現・九州大学芸術工学部教授)を座長とする保存検討委員会により、補修・修復・復元による動態保存の提言がなされ、これを受けた市港湾局の主導により、港湾環境整備事業を活用した保存・改修工事が平成4-6年(1992-94)にかけて行なわれた。その結果、歴史性を踏まえたうえで、新たな建築として蘇り、多目的市民ホール・観光施設として用いられながら現在に至っている。

上:改修前西側外観
右:改修後西側外観


上:改修前内観
右:改修後北側外観

設計概要
●所在地=北九州市門司区
●用途=多目的観光施設
●構造=主体構造 組石(煉瓦)造(既存部及び復元部)
  木造 RC造(新設内部構造)
●規模=地上2階、塔屋1階
●敷地面積=1,476.46平米
●建築面積=532.37平米
●延床面積=897.90平米
●改修年月日=I期 1992年10月〜1993年3月/II期 1993年6月〜1994年11月
●設計=[改修前]設計監修:妻木頼黄、設計=咲寿栄一/[改修後]設計:大野秀敏+アプル総合設計
●構造=TIS&PARTNERS
●設備=新日本設備計画九州事務所
●施工=山田組(I期)/清水建設(II期)
上:改修後1・2階平面図拡大
施工プロセス/PROCESS
施工の概要として、大きく補修工事と復元工事に分けられる。さらに補修工事は基礎補強工事と煉瓦壁補強工事に分けられる。まず、基礎補強においては、建物全体が大きく海側に傾斜していることが確認されたため、残された松杭が健全であることを確認したうえで、松杭と無筋コンクリートの接続部にセメントミルクを注入。また、煉瓦壁補強工事では、痛み・ひび割れや火災による煉瓦表面の欠損等が確認されたことから、煉瓦壁と窓周りのひび割れに対してはエポキシ樹脂を注入。ひび割れ幅が5mm以上の箇所については、カスガイ筋筋を壁体内に埋め込み補修。一方で復元工事においては、竣工当時の写真・図面等に限りがあり、時代考証が十分行なえなかったため、両翼部と屋根を除いては、最小限の復元にとどめ、使用経過による改変も「時代の痕跡」として残存させている。内部の構造補強部においても、既存の骨格と新設補強部は明確に分離され、将来にわたる復元・改変に対応できる計画になっている。
左上:内部構造概念図拡大
上:矩形図
拡大
左:基礎補強要項図
拡大
左:基礎補強工事
中上:屋根解体工事
中下:両翼部既存基礎に新たに煉瓦を積み直す復元工事
右:復元部開口部煉瓦積み工事
現状/PRESENT
左上:エントランスホール部分
中上:内部より東側開口部を眺める
右上:1階東側展示コーナー
左下:階段より小屋組を見上げる
右下:復元を試みた集成材と鉄筋のハイブリット構造屋根架構
■コメント
復元棟を施工していく際に、本格的な煉瓦積み工法を採用していることからも推測できるように、この建築ではまず、既存の骨格との「対話」が優先され、その中で、「時間の痕跡」が、大きく開いた開口部(倉庫として使用時にフォークリフトが通行)等のディテールとして周到に保存されながら、しかし同時に補修・復元等の目的で新しく挿入されたエレメントとは明確に分離されている。さらに、「新築らしさ」「レトロさ」といった安易な操作を加えないことで 、未来を含めた複数の時間が並列に存在し、同時にそれらが緊張感のある対峙を示している。この建築は、いわゆる歴史的建造物でありながら、「ありのまま」の姿を保存するという考え方を採らず、むしろ複数の時間、複数の痕跡、そして補修と復元という複数の表現手段を採ることで、より積極的に歴史の中での建築物のあり方が検討され、同時に更新されている。歴史的建造物の単なる保存にとどまらない「更新=リノベーション」を考えていくうえで、旧門司税関はその先駆的な好例と言えるだろう。
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