Renovation Archives [033]
水野一郎+ 金沢計画研究所
●工房[倉庫]金沢市民芸術村
取材担当=村井一

概要/SUMMARY

設計概要
所在地=石川県金沢市
用途=演劇および音楽練習場、アトリエ、レストラン
構造=木造一部鉄骨造、RC造、レンガ造
規模=地上2階
敷地面積=97,289平米
建築面積=3261.30平米
延床面積=4017.49平米
竣工年=1996年(既存:大正から昭和初期)
企画=金沢市
設計=水野一郎+金沢計画研究所
施工=松本・斉藤建設工事共同企業体、本田工務店、稲本工務店
使われなくなった倉庫の再利用計画である。金沢市は平成5年に閉鎖された大和紡績の跡地を買い取った。工場はすでに取り壊され、敷地の大部分は更地になっていたが、その片隅に倉庫群が取り残されていた。倉庫は6棟、大正末期から昭和初期にかけて別々に建設された大きさも形も異なるものであった。そしてこれらの倉庫を目にした当時の金沢市長がその空間に活用の可能性を感じ、さまざまな有識者の意見をあおいだ。金沢工業大学教授の水野一郎氏はその一人であった。「外観は非常にきたないが中はきれいだった。そして窓が少く、天窓から入る光がとてもドラマチックだったので、これはなにか新しい文化のための施設に相応しいのではないか」と、水野氏は感じたという。市は倉庫群を保存・再利用すべきと決断し、利用検討委員会を設置した。これまで金沢は伝統文化に対しては活動も施設も充実が図られてきたが、若い文化に対しては十分な支援がなかった。そこで委員会は従来の美術館や文化ホールのような評価の定まったフォーマルな芸術発表の場ではなく、生まれ出んとするインフォーマルな芸術活動の場として位置づけ、アマチュアや若者の創造活動を支援する案へと収斂させていった。そして、活動の企画や運営を、民間から選出したディレクターに任せ、施設管理は利用者自主管理とし、365日24時間オープンで使用上の規制なし、しかも低料金という画期的な提案を行ない、市はこの提案を受け入れた。また、この段階で水野氏が設計を担当することが決定し、以後民間ディレクターと検討しながら基本設計が進められた。

上:リノベーション後の外観
下:同、内観
施工プロセス/PROCESS
倉庫群を繋ぐコロネード 6棟の倉庫群を繋ぐためにコロネードを通し、主動線とするとともに、その前に池を設けて屋根雪の処理を担わせている。中央の1棟は、来訪者がいつでも利用できるオープンスペースとなっていて、ミュージック工房とドラマ工房の中間に位置するため、ホワイエのようにも利用できる。また遮音、遮光を果たすことで両工房の性能を保証する空間にもなっている。空間を階段状に立体利用することで、段下は小部屋として、段上は全体と一体となった大空間として有効に活用している。また、この空間構成により、倉庫が保有していた美しい架構とさまざまな高さでの対話が可能となった。倉庫群の構造はすべて木造で、防火のために外周壁で覆われている。全6棟のうち3棟はレンガを下地としてその上からモルタルを塗ったもの、残り3棟は鉄筋コンクリートであった。前者はモルタルを剥がし、後者にはレンガタイルを貼ることで、倉庫群をレンガの表情で統一した。また、全棟の壁面と木軸に耐震補強を必要としたので、各棟の計画に合わせてトラス、H鋼、鋼管、RCなどを用いた補強を選択している。
上:リノベーション前立面図/下:リノベーション後立面図拡大
全体アイソメ図(左上からアート工房、ミュージック工房、オープンスペース、ドラマ工房、マルチ工房、レストランが連なる構成となっている。また、図中の赤い部分は外周壁の耐震用鉄骨を示す)
現状/PRESENT
上左:オープンスペースにおける練習活動
上右:アート工房での展示会
下左:階段状の空間構成
■コメント
「以前から市内に20団体くらいの劇団があることは知っていた。しかし、いざ利用予約を開始すると、45団体もの劇団が存在することが分かり、大変驚いた。また、音楽団体なども非常に多岐にわたることをこの時に知った」と水野氏は言う。市民の意見に入念に耳を傾け作り上げた場所は、地域の潜在的な文化の存在を引き出すことに成功した。オープンから8年が経ったが、ほとんどのスペースが90%以上の非常に高い稼働率を記録している。低料金、かつ自由な利用ができることがその理由である。そして、そこには大きく2つの自由があると考えられる。ひとつは空間の自由。倉庫のリノベーションということで、新築の施設に比べて緩やかな施設管理が可能となった。現状復帰を条件に床板を抜くことも可能である。演劇の上演者などは自ら舞台セットの組み立てから行なうという。そして、もうひとつは時間の自由。昼間は仕事をもつアマチュアの利用者にとって24時間利用可能は大きな支えである。これはディレクター制による利用者の自主管理だからこそ可能となったことである。金沢市民芸術村はこれらの自由の実現によって、地域の新たな文化を顕在化させ、それを支える人材の育成にも成功している好例と言えよう。
(村井一)
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