Renovation Archives [027]
公団インフィル研究会(松村秀一ほか)
●居室改修(インフィル改修) 《楽隠居》
取材担当=新堀学

概要/SUMMARY


《楽隠居》は、2000年に立ち上げられた「SI住宅技術を用いた在宅介護等対応インフィルの開発研究会」の実証開発研究プロジェクトとして作られたインフィルの実インストールモデルである。このSI技術とは「サポート/インフィル」の略語であり建築学者ニコラス・ハブラーケンによって提唱された、建築を構成する要素の「動くものと動かないもの」を区別して計画するという考え方に基づいた技術である。

想定されたのは、竣工後年月を経た集合住宅においてライフステージが進み、高齢居住者が増えた状況を想定し、そのライフスタイルを既存の住居の中でSI技術を用いてサポートしていくというプログラムである。
ここで具体的に用意/開発されたインフィルは、設備関連では、圧送排水、ポンプ、浮き床仕上げ、外装サッシュ、内部建具、配線システム、壁仕上げシステム、サポート機器、家具などであり、これらの要素がライフスタイルという「技術の上位概念」とどのように接続されるのかが検証され、それぞれの占める位置と役割を確認することが研究会の目標とされた。

同時にこの研究会ではそれまでのSI技術が、その社会的、産業的インパクトを喧伝されていたにもかかわらず、「可変間仕切り」以上のものでなかったという反省から、産業として成立する横断的な技術システムの「開発」に重心が置かれた。
販売、普及は現時点で実現していないが、変わらないものと変わりうるものを分けて構成するサポート/インフィルの考え方が絵に描いた餅ではなく、実際のライフスタイルにつながりうることをこの《楽隠居》は実証している。
設計概要
所在地=東京都八王子市
用途=居室改修
構造=インフィルシステム
研究プロジェクト=2000年〜2002年、公開=2003年
研究会メンバー
松村秀一(研究会代表・東京大学)
安藤正雄(千葉大学)
石塚克彦(積水ハウス)
大原一興(横浜国立大学)
忍 裕司(竹中工務店)
後藤義明(積水ハウス)
小畑晴治(都市機構)
深尾精一(東京都立大学)
設計(楽隠居C)=
村口峽子(駒沢女子大学)+野田和子(インテリアから住いを考える会)
施工プロセス/PROCESS
このインフィルが対象としている公団集合住宅の典型的nLDK住戸プランには、リビング横に6畳和室が付属している。この計画ではその「どこにでもある」和室を、高齢者の生活領域としてコンバージョンするプランニングが行なわれている。これは、高齢者の生活領域をなるべく家族の領域に近くすることで、ほかの家族との接触を容易にすることと同時に、明るい「よい」場所を高齢者のために用意するということ、それからこれは将来的な展望として、バルコニー側アプローチが実現した暁には、ダイレクトに外部とコミュニケーションできるポジションを与えることを目論んでいる。

既存の公団住宅の住戸に対して、内装、設備を解体し、そこにインフィルシステムを実装するなかで、上記のプランを実現するために特に今回問題になったのは、設備配管の到達距離であり、それを解決するために、圧送配管システムが開発された。また開放性と断熱性を向上させるために変更された、引戸、折戸両用のサッシュは、再度取り外すときに現状への復旧が可能なように、既存のアルミ建具枠をカバーする形で取り付けられている。
また手をつく高さに水平面をそろえることで、行動の安心感を与えることに成功している。
上左:ダイアグラム拡大/上右:プラン拡大
下:圧送配管の実装
左:後付けサッシュ(引戸、折戸両用)
右:サッシュは現況復旧が可能な取り付け方法(カバーの下にアルミ枠)
現状/PRESENT

フラットにつながる水周り床

水周り床のディテール

左:バルコニーアプローチへの可能性を開いた、開放サッシュ
右:木質の衛生機器

洗面、簡易調理に使えるシンク

浴槽トップも温かみのある木質
■コメント
典型的なnLDKの「南面和室」を改修の対象とする点に非凡な生活感覚が見られる。この和室は「あってもこまらない」的な部屋であり、かといって無いとなにか物足りないという、どちらかといえば消極的な位置付けである。本来和室が和室として使われるには生活スタイルとの整合が当然に必要である。ところがそれ以外の部分では「和」の生活の空間になっていない住戸では、この部屋は一番のオプション(例外)とならざるを得ない。どちらかといえば、プランニング上の慣習による形式的な空間と言える。
そこを、SI住宅技術によって積極的に「使う/使える」空間として捉えることで、まさに高齢者の自立的サポートのための絶好のポジションに転化させることができた。
機能的には二重床による、水はねを考慮した空間が南側に持ってこれることで、一種の縁側となり、半屋外の活動が日常に持ち込まれ、生活の幅ができた。
家族の生活との距離をコントロールする、またなるべく自分で生活する、どちらもメンタルな面から、高齢者の生活をポジティブにサポートすることにつながる。全体を木質系に統一したことも、安全面もさることながら「ライフスタイル」は断片の寄せ集めではないということを表現しているといえるだろう。
「SI」という「考え方」が生活に何を与えるのか、その射程の一端をこの《楽隠居》は示している。
(新堀学)
【 clumun 】インフィル・リノベーションの射程──新堀学
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